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みずいろブックス 第一作 記念対談 シッランパー『若く逝きしもの』

フィンランド文学に特化した出版社の誕生

フランス・エーミル・シッランパー 作/阿部知二 訳 復刊の表紙と帯

セルボ貴子(以下:セ):では改めまして、今日はよろしくお願い致します。今Googleドキュメント共同編集で紙上対談というものをやってみていますが、リアルタイムですからお互い打ち間違いとか(!)変換こうやってるんだとかばれちゃうわけですね(笑)
 
みずいろブックス 岡村(以下:み):はじめての体験でドキドキしています。さっそく変換ミスばれましたね(笑)今日はよろしくお願いいたします。
 
(セ):私も打ちながら誤字連射中です。さて、みずいろブックスさんとは去年の秋に翻訳者仲間の上山美保子さんよりご紹介頂いてからのご縁ですが、「フィンランド文学に特化した唯一の出版社」のスタート、心が震えました。そしていよいよ第一作が8月20日に発売ですね、本当におめでとうございます!
 
(み):ありがとうございます。

ひとつくらいフィンランド文芸作品の出版社があってもいい

 (セ):そもそも、どうして出版社を始めようと思われたんでしょう? 背景を伺っても?
 
(み):はい、もちろんです。私、以前は一般企業に勤めていたのですが、コロナ禍、最初の緊急事態宣言後に、部署が縮小となり、、会社は異動を提案してくれたものの、考えるところあって退職しました。今、どこの業界も厳しいだろうなと、自分の両親が出版をやっているので、そこで本作りを学ばせてもらうことにしました。その時点では、まだ自分で出版社をやるなんて思ってもいませんでした。
 
同じ頃、ずっと以前から興味のあったフィンランド語も学び始めたんです。時間もできたし、やりたいことをやろうと。本作りも面白かったですし、だんだんとフィンランドの本を出せないかなと思うようになりました。中でも関心があったのは自分が好きな文学作品でした。あるとき、母がとある語学教室の講座を教えてくれたんです。ウェブサイトを見ながら、いつまでも内にこもっていてはいけないなと思い、そこのフィンランド講座に参加してみることにしました。そしたら・・なんと講師である上山美保子さんもずっとフィンランドの文学作品を日本に紹介したいと思っておられたとのこと、そこからとんとんと話が進みました。
 
でも翻訳者さんの立場としてひとり出版社と仕事するってどうなんだろうと思って、最初の打ち合わせの時に美保子さんに直接お伺いしたんです。そしたらひとり出版社でも問題ないと仰ってくださって。それが「みずいろブックス」の誕生です。その後すぐに美保子さんから貴子さんをご紹介頂き、とにかくやってみようと心に決めました。
 
日本にひとつくらい、フィンランドの文芸作品を中心に紹介する出版社があってもおもしろいんじゃないかなと思ってます。
 
(セ):いきなりアツい回答ありがとうございます。なんと、コロナ禍の不幸中の幸いと申しますか。ご両親の出版社にて出版のいろはを学ばれ、そのステップを挟んでからひとり出版社を始められたのですね。美保子さんには私も感謝感激、雨あられです。
 
(み):そうですね、コロナがなかったらみずいろブックスは生まれてなかったかもしれません。
 
(セ):コロナ禍は色々あり、・・・でしたが、この点だけは感謝です! 次に、今回の記念すべき第一作フランス・エーミル・シッランパーの『若く逝きしもの』について。この作品を一作目に選ばれたのはどうしてでしょう?
 

背表紙の淡い色合いも若草色の表紙と相まって素敵です。


(み):まずは現実的に、設立一年目で一冊は出したいという思いがありました。実績がゼロだとやはり動きづらいですし、今翻訳者さんに翻訳していただいている書籍を出すときには、ちゃんとやっていますといえる出版社でありたかったんです。そこで一年以内という制限の中で何ができるかを考えて、復刊に目が向きました。 その中でもこの作品を選んだのは、ひとつには著者であるF. E. Sillanpääがノーベル文学賞作家であるということです。フィンランドに現時点でたった一人、ノーベル文学賞作家がいるということを知り、どんな作品を書いた方なんだろうという興味がありました。もう一つには、やはりコロナ禍であったことが大きかったと思います。突然色々な状況が変わり、精神的なダメージを受けたり、多かれ少なかれ、人の生死について考えるようになった人も多いと思います。社会が大きく変わった今だからこそ、シリヤの短い生涯の物語の中から、何か感じられるものがあるんじゃないかと思いました。 

復刊を舐めてはいけない!(笑)

(セ):なるほど、それで一作目が復刊となったんですね~。この回答を読みながらしみじみと感じ入っておりました。フィンランドの本が翻訳されること自体少ないと思うんですよね、翻訳書は一年に数えるほどあるかどうか、あとはフィンランド(や北欧)に関するかわいい、ほっこりエッセイや気軽に読める内容、それに教育関係、最近だとNATO加盟の動きが注目を浴び、ノンフィクションはちらほら。でも、文学!純文学ですよ!しかも、絶版になった作品を不死鳥のようによみがえらせる復刊です。いやー、この瞬間に立ち合うことができ、本当に良かったです。そもそも、筑摩書房さんが1953年に出され約70年、絶版になってからも探していた方は多かったとか。実際に、「復刊」というお仕事はやってみてどうでしたか? 

(み):そうですね、復刊を甘く考えていました(反省)。そもそもこの原書が希少本で、あちこち探し回ったのですが、結局手に入らなかったんです。なので、撮影許可をいただいて、図書館で1ページずつ写真撮影をするところから始まりました。それを文字起こしして、編集作業に入るわけなんですが、その編集作業が予想以上に大変でした。ひたすら地味な作業をしながら、ずっと頭を悩ませてましたね。言葉というのは生き物で、ただコピーしてモノを作ればいいというわけじゃない、というのを痛感しましたね。

(セ):その辺りの苦労話をもうすこし詳しくお伺いしてもいいでしょうか。人さまの苦労話でご飯3杯は行けますので(どんな性格や)。 

(み):はい、苦労話ならいくらでも出てきます(笑)。まず訳者が故人であるというのは想像以上に苦しかったです。諸事情から今回の作品の編集については、こちらにお任せしていただいたのですが、編集していい範囲、そうでない範囲というのはもちろんあるわけで、どこまでどう手を加えていいのか、最後の最後まで悩みました。辞書や校正ルールを調べて一つひとつ基準を決めていくんですが、決めたはずの基準も途中で「本当にこれでいいのか」と考え直したり。復刊も文芸作品も扱うのがはじめてだったので、文芸ならではの難しさも学びました。読者の皆さんにとって読みやすいものになっているだろうか、阿部知二さんに喜んでいただけるだろうか、と今ドキドキしながら発売日を待っています。 

(セ):確かに作者も訳者も故人、ということで、存命の作家や翻訳者と違って疑問を質問できませんよね。今、私たちはこの筆談を進めながら、実は裏画面のZoomでも喋っているのですが、間に漏れ聞くお話、どれも涙なしには語れない作業です。編集というお仕事をされる方に頭が下がります! 一般書なら表記統一はできても、この人物のこの場面のことばだから、敢えてひらがなで、というこだわりが当時の阿部さんにあったかもしれませんよね、・・・恐ろしいほどに地道な作業(と問答)を続けてこられたんだなと。手作業の文字起こしが年明け完了、そこから実際の編集で7月末に色々乗り越えて校了へ。いや本当におめでとうございます。Twitterの投稿で「白焼きお迎え」などの投稿拝見しながら「がんばれ・・・」と手に汗握っておりました。 

カバーを外した状態の本


(み)ありがとうございます。Twitterでも貴子さんはじめ、色々な方に応援していただいて、最後乗り越えられました。
  

「死」に怖れを感じる時、そっと寄り添ってくれる物語


(セ):阿部さん、ご自身も作家でいらして更に翻訳でも古典をはじめとする名作を次々と訳された方ですが、(み)さんからも、文のすみずみまで美しいと何度も感動されたと伺いました。今回の『若く逝きしもの』で特にお好きな箇所があれば是非!
 
(み):はい、好きな箇所はたくさんあるのですが、3か所ご紹介しますね。
まず最初に、シリヤがまだ小さい頃のシーンです。お父さんから、湖の氷がとけるときの音について教えてもらったり、鏡を太陽の光に照らして遊んでみたり、山雀(やまがら)が遊びに来てパン屑をあげたり。まだ自分の世界は狭いけれど、そこに人生の豊かさがつまっていると感じました。
 
二つ目は、序章ですね。小説の冒頭でその作品のすべてが決まる、といっても過言ではないほど重要な部分でもありますが、これまでに色々な小説を読んできた中でも、この序章は今までにない、はじめての感情を与えてくれました。序章を読んで復刊を決めたようなところもありますので、それだけ引きつける力が強い導入だと思います。
 
三つ目は、物語の締めである最後の部分です。シリヤが一人死と向き合い、そこからの最後の結末は、何度読んでも心がふるえます。感動・・という言葉で表現するのもちょっと簡単すぎるような気がしています。命が誕生し、やがて滅びる、あらゆる生命はそれを繰り返していくわけですが、誰もに訪れる死というものが怖くなったとき、この物語が寄り添ってくれるような気がしています。
 
(セ):Top3有難うございます。こういう話も伺うと、早く手に取って自分でも読みたくてたまらないです。(※8月20日発売です!)読者ひとりひとり、その人だけの心象風景というのがきっとあるのだろうなと思います。
 
今回復刊ということで、装丁のこだわりなどもあったのでは?

今回作られた名刺サイズの同書デザインなる素敵なしおり

しなり具合が素敵な仮フランス装に

 
(み):そうですね。装丁は母にお願いしました。物語を読んでもらって、私は色のイメージしか伝えていないんです。そしたら物語をうまく表現してくれた理想通りの装丁を作ってくれました。いくつかサンプルを作ってもらったんですが、これを見た瞬間に即決でした。美しい自然描写が伝わるデザインになっていると思います。製本は仮フランス装にしました。本を開いたときのしなり具合が好きで。開いたときに気持ちのいい本にしたかったんです。
 
(セ):この本が出来上がる前、6月にみずいろブックスさん、美保子さんと三つ巴打ち合わせ戦略会議という名のランチ(+デザート3種)を神保町のカフェで本に囲まれやったんですよね、その時に束見本(つかみほん)を見せて頂き、フランス装のまっさら・真っ白な物を触らせてもらい、感動でした! それに母上が「淡いグリーン」というキーワードを膨らませて下さったのがあの素敵なカバーデザインに。(ただいま画面の前で悶えました、現場からは以上です)

この週末には店頭に並ぶわけですね。感慨深いです。実は発売を前に、みずいろブックスさんは書店への飛び込み営業されていると伺いました。書店の皆さま、温かく迎えて差し上げて下さい(笑)そしてこの作品、実は帯にも登場される、とある方のお気持ちもかかわっているとか・・・?
(冒頭画像で正解出ていますが(笑))


2013/1/13に掲載された館野泉さんの「思い出す本忘れない本」
また直近では昨年の『暮らしの手帖』にも同書の写真付きの記事が。

本や音楽の存在が希望の光に

 (み):そうなんです。この『若く逝きしもの』、実はクラシック界のレジェンドと称される舘野泉さんが長年大切にされてきた物語です。今回、貴子さんが「館野さんに帯をお願いしてみませんか」と提案してくださり、館野さんを支援されているお知り合いの方(フィンランドに以前駐在されていた林一志さん)に連絡してくださって・・そこから舘野泉さんに帯文を書いていただくという夢のような出来事が実現いたしました。この場を借りて、ご協力くださった方々へ心より感謝申し上げます。
舘野さんと出会って、物語が人と人をつなぐ、それを最初の作品で体感できたことはとても大きかったです。今、文芸は売れないと言われていますが、私は物語が持つ力を信じようと思っています。
 
生きづらい世の中が続きますが、舘野さんにお話をお伺いできて、本や音楽の存在が希望の光になるということを感じ、自分自身もすごく救われました。みなさんにもそれを感じてほしい、そんな思いもこめて作りましたので、ぜひお手に取ってみてください。

皆さんの元に買われるのを待つ、刷り上がった本


 
(セ):在フィンランド邦人社会の重鎮にも後押しして下さっている方々がおられるんですよ。本当に楽しみです、これらの情報、シェア、拡散とも大歓迎です。 出でよ、本好き達!

今日はありがとうございました。
 
(み):こちらこそどうもありがとうございました!

 みずいろブックスさんのウェブサイトはこちら 
Twitterアカウントはこちらです!

(文責:セルボ貴子)







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