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アイスランド映画『ゴッドランド/GODLAND』と字幕ルール〈山括弧〉の話

先月末に劇場公開されたアイスランド映画『ゴッドランド/GODLAND』を鑑賞してきました。

若きデンマーク人の牧師ルーカスが、植民地アイスランドへ布教の旅に出る。任務は、辺境の村に教会を建てること。しかしアイスランドの浜辺から馬に乗り、陸路ではるか遠い目的地をめざす旅は、想像を絶する厳しさだった。デンマーク嫌いでアイスランド人の年老いたガイド、ラグナルとは対立し、さらに予期せぬアクシデントに見舞われたルーカスは、やがて狂気の淵に落ちていく。瀕死の状態で村にたどり着くが…

https://www.godland-jp.com

フリーヌル・パルマソン監督の作品は、トーキョーノーザーライツフェスティバルで観た過去作『ホワイト、ホワイト・デイ』でも同様でしたが、風景や静物の映し方が非常に独特で、アイスランドという土地をより一層印象的に見せているように感じます。

さて、ここで少しだけ本編映像をご覧いただきたいのですが、本作ではデンマーク語とアイスランド語、2つの言語が話されます。予告編では区別されていませんでしたが、本編ではアイスランド語が話されている時は字幕が山括弧〈〉でくくられています。

この作品では、二言語間でコミュニケーションが断絶する、ルーカスがアイスランド語をちっとも理解しようとしないところが物語の肝なので、どちらの言語が話されているかという情報がとても重要になります。そのため、映画の冒頭でも「デンマーク語:白字、アイスランド語:〈〉付き白字」というような注記が出て、しっかりと示されていました。

この山括弧、日本語字幕付の映画をよくご覧になる方はご存知かと思うのですが、主要な人物(あるいは相手)がその言語を理解できない時や、あえて別の言語を使っている時に用いられます。英語がメインの作品であれば、それ以外の外国語が話されている時に使われます。例えば、『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』では、スウェーデン人テニス選手のボルグとコーチや婚約者がスウェーデン語で会話する箇所の字幕が、山括弧付で表示されています。

北欧の監督が撮った北欧を舞台とする(その国の公用語がメインで使われている)作品であれば、逆に英語のセリフに対する字幕が山括弧でくくられることになります。ユホ・クオスマネン監督の『オリ・マキの人生で最も幸せな日』で、主人公であるフィンランド人ボクサーの対戦相手(アメリカ人チャンピオン)の一行が訪芬した際の英語での会話が、それにあたります。

あるいは、北欧諸国出身の監督の作品であっても舞台は別の国、話されるメインの言語もその国(北欧以外)の言語というパターンもあります。同じくユホ・クオスマネン監督の『コンパートメントNo.6』はロシアが舞台ですが、主人公もロシア語を理解し、流暢に話します。そして、この場合は、途中に出てくるフィンランド人男性と主人公が話すフィンランド語の会話が山括弧に入ります。

実は、山括弧の話をしようと考えた時に最初に思い浮かんだ作品は『フレンチアルプスで起きたこと』でした。
フランスのスキーリゾートが舞台ですが、会話はスウェーデン人家族が話すスウェーデン語が中心で、それらの字幕はずっと括弧なしで進みます。注目したいのは、ある晩にスウェーデン人の夫婦とスキー場で出会った男女が4人で会話をするシーンです。4人のうち、1人の男性だけスウェーデン語話者ではないので、全員が英語で話をしている(この時の字幕も括弧なし)のですが、途中で夫婦がスウェーデン語で揉め始めます。
“同席する女性(スウェーデン語話者)には分かってしまうけれど、英語話者の男性には分からない”という状況での会話、字幕の記号はどうなっているでしょうか……。

動画配信サイトで確認してみたところ、なんとこの時の字幕は山括弧ではなく、普通の丸括弧(←つまり、これ→)でくくられていました。丸括弧は字幕翻訳ではささやき声を表す場合に使われることがあるのですが、『フレンチアルプス〜』の使い方はなかなか珍しい例のように思います。

北欧の映画を観ていると、自分だったら山括弧の使い方に迷いそうな場面がよくあるように思います。それは、北欧の人々が自国の言葉に加えて英語で会話できるのが自然であったり、デンマーク語・ノルウェー語・スウェーデン語の3カ国語間であればある程度意思疎通できたりといった事情があるせいかもしれません。もっと山括弧の事例を集めて類型化できたら面白そうなのですが、いかんせん物語に入り込んでいると記号のことなど忘れてしまうので、しっかり覚えて記録するところから始めたいと思います。

(文責:藤野玲充)

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