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栗原さんのレシピ

久しぶりにさつまいものタルトを焼いた。
もう何十回も作ってきた、栗原はるみさんのレシピだ。
さすがに材料も手順もほぼ覚えているので、多分そらでも作れるのだが、やっぱりいつものあの本を引っ張り出してしまう。
なんだか、そうすると安心なのだ。

栗原さんのレシピと出会ったのは、もう25年以上前になる。
結婚するまで実家を出たことがなく、その実家ではごくまれにお菓子を作る以外台所に立つことがほぼなかった私は、夫と暮らし始めるまでほとんど料理の経験がなかった。
一人暮らしで自炊歴の長い夫が、一緒に行ったスーパーで弁当や惣菜ではなく「食材」を買うのを見て軽く衝撃を受けた私は、よし、この人より料理が上手くなろうと密かに決心した。
でも、なにせ経験がなく自信もない。
特に、誰にでも作れそうな普通の家庭料理のお惣菜が、一番ハードルが高く思えた。
それこそプロの主婦の牙城で、経験やコツとか手際が命!だと思っていたのである。

今思えば、それは母に刷り込まれた思い込みだったかもしれない。

私の母はとても料理が上手だった。
実家は商売をやっていて毎日朝から晩まで忙しそうで、おまけに腹をすかせた子どもが4人もいて、母は一階の店と二階の住居をつなぐ外階段を転げるように何往復もしつつ、殺伐とした一日をなんとか回していた。
多忙を極める母の料理は恐ろしく手際が良く、和洋中はもちろん手作りのおやつまで、まめまめしく使ってくれた。関東下町生まれらしく色味こそ圧倒的に茶色に傾いてはいたが、どんなに忙しそうな時でもそれなりの品数があり、どれも本当に美味しかった。決して裕福な家庭ではなかったが食卓だけはいつも豊かな景色だった。
そんな母の料理を私はいつも、食べているばかりだった。
台所は完全に母の独壇場だったのだ。

幼い頃、母と一緒に料理がしたくて、なんとか手伝おうと横から手を出したことがある。
たどたどしく食材をいじる私の手元をじっと見つめていた母は、数分もしないうちに耐え難くなったのか「ありがとう、もういいわ、あとは母さんがやるわね」と私に告げた。
出鼻を挫く容赦ない戦力外通告。私は完全に役立たずだった。
そんなことを何度か繰り返すうちに、私は母が料理をする台所に近づかなくなった。
別に母を責めているわけではない。仕方が無かったのだ。
テレビに出てくるような、小綺麗なキッチンで揃いのエプロンをつけた幼い娘のぎこちない料理を目を細めて見守るママ、なんてほのぼのファミリーごっこを演じる余裕は、我が家のどこにも無かった。それだけだ。

話を戻そう。
結婚を機に料理に目覚めた私はまずは教科書だと、いさんで書店へ向かった。
が、ずらりと並んだ料理本を長らく眺めた挙げ句、ようやく手にとったのはお菓子作りの本だった。

「食べたいときにすぐできる栗原さんちのおやつの本」

少し小ぶりの判のその本は、写真がとても綺麗で、材料もシンプルで、何より簡潔でスラスラと読みやすいレシピの文章が素敵だった。ページを捲ると、どのお菓子も美味しさがすんなり想像できた。私は我に返ったように急いでレジへと向かった。
それが栗原はるみさんのレシピとの出会いだった。

実際、そのレシピ本に載っているお菓子はどれも本当に作りやすかった。
何度も作るうちに、だんだん料理への抵抗感がなくなり、栗原さんのレシピ文体のとっつきやすさに惚れ込んで他の著書もどんどん揃えていった。
もちろん、お惣菜もどんどん作るようになった。栗原さんのレシピは、新米主婦の私にもとてもフレンドリーだった。気がつくと、何人もの友人を家に招いては手料理を振る舞うようにまでなっていた。

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栗原さんちのおやつはそのまま我が家のおやつの定番になり、手土産になり、差し入れになった。私の親しい友人たちは皆、一度や二度はそれらを食べさせられたことがあるはずだ。

その年の暮れ、某食品企業で栗原さんの料理教室が開催されるという話を母が聞いてきて、私に教えてくれた。今の栗原さんのスターぶりから思うと考えられないが、その頃はまだ、そんな小規模のイベントも開催してくれていた。ダメ元で応募してみたところ、運良く当選して参加することが出来た。
さして広くもない企業内調理室で、栗原さんはごくごく自然に話し、笑い、料理を作って見せてくれた。その姿はレシピ本で散々親しんできた気さくでおおらかな文体そのもののフレンドリーさで、もちろんご本人にお会いするのは初めてだったが、なんだか初めて会う人だという気がしなかった。

講習終了後の歓談の時間に、私は恐る恐る初めて買ったあのお菓子の本を手に、栗原さんに声をかけた。初めて買った料理本なんです、と言うのがやっとの私に、あらうれしい、と彼女はにっこり微笑んでサラサラとサインをしてくれた。

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こうしてその本はさらに貴重な価値を持つ本になったけれども、私はそれを決してしまい込むことなく、他の料理本と同じくキッチン脇の本棚に並べ、ことあるごとに引っ張り出して参照してきた。そして時にしみじみと栗原さんのサインを見返しては、料理に目覚めたあの頃を思い出し、食べるだけでなく食べさせる喜びを教えてくれた栗原さんの存在の大きさに思いを馳せた。
今も生き生きとお仕事をされている栗原さんご本人と同じく、この本もきっと、私が台所に立つ限りずっと現役のまま頼もしいアドバイザーとして活躍してくれることだろう。

さて、今日もおやつが焼き上がった。
栗原さんのオリジナルレシピより、生姜をかなり効かせているのが我が家流。焼き立てもいいが、少し冷めて生地がしっとり落ち着いたところも美味しくて、いくらでも食べられる。
栗原さんとそのレシピに感謝しつつ、今日も私は楽しくキッチンに立っている。

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絵本の詰まった小さな部屋から抜け出して、のらになりました。

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