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読んでない本の書評18「わたしを離さないで」


 253グラム。文庫としてはボリュームのある方だが読み始めるとほんとうに離してくれなくなる。寝る前に読み始めるのは危険。

 7歳のころ。通学路にパチンコ屋さんがあった。今みたいなやけくそ気味の大型店ではなく、考えてみればわりと小さな店舗だ。そのすぐ前に押しボタン式の横断歩道があり、その日私はひとりでそこを渡ろうとしていた。パチンコ店を横目にしながらボタンを押した瞬間に、急にその気持ちがやってきた。
「ずっと前からなんとなくわかってたんだけどさ」
赤いランドセルを背負ったわたしは確信をもってこう思った。
「世界って私をテストしてる装置で、みんな私を見張るためのお芝居してるんだよね」

 子どもの考えそうなことである。7歳といえば世間を動かしてるいろんなルールを一方的に教わる側だけど、全体像は想像もつかない。あれとこれの整合性の付けかたもよくわからないから、納得して生きていくためにはシンプルで大がかりなストーリーが必要になる。しかも核家族の末っ子なれば、漠然と見張られている感覚もあったのかもしれない。
 いま視界に入っている歩いている人以外のみんなは、楽屋で休んでるのかなあ、なんて考えながら横断歩道を渡った。

 「わたしを離さないで」を読んでいると、なぜかあの瞬間のひらめきに感情ががっちりリンクする。全然違う話なのに、あの時急激におそってきた世界に対する気まずさみたいな気持ちを手掛かりに引き込まれて読んでしまう。誰にでもある子ども時代を積み上げていくうちにいつの間にか遠くまで連れていかれる。あのときひらめいた私を監視するための装置と楽屋のことをずっと考え続けながら大人になったら、今ごろどこに漂着していたんだろう。

 2011年にとても美しい映像で映画化もされており、それを見ていて気がついたことがある。主人公たちは管理のために出入りのいちいちを腕時計型の端末でピッと記録する習慣になっている。よく見るとその腕時計もどきが、最近私が睡眠時間の記録をとるために買ったスマートウオッチにどうも似ているのだ。
 …もしや、私が気付いてないだけでもうとっくに漂着しているんだろうか。

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