驚異の芸術の再来.その空間性.
ミュージアムの前身,「驚異の部屋」
15世紀初頭以降,ヨーロッパ各地の王侯貴族はこぞって珍しい物をコレクションするようになった.当然それらを収蔵しておくための空間が必要になるわけだが,ドイツでは特にそれをWunderkammerと呼んでいた.日本語では「驚異の部屋」と訳される.
fig.1に示したのは驚異の部屋としてよく挙げられる画である.よく見ると天井には様々な生き物の骨格や,壁には亀の甲羅のようなもの,奥の壁には鎧(?)などが飾られている.驚異の部屋にあるものはどれも,展示物それぞれが珍しく,入手困難なものであるという点でコレクションされるべき価値を有してた.
しかし,驚異の部屋はあくまでも王侯貴族の非公開の私的なコレクション室であり,一般市民に公開されるものではなかった.こうした非公開のコレクション室は,自然科学の発展と共にその収蔵物の内容を変え,市民社会の形成と共に,その内容を見たいと望む一般市民が急増した.それにこたえるように,一部の王侯貴族や教会は独占していたコレクションを一般公開するようになった.この公的な性質を帯びた形態が現代のミュージアムに通じるものになる.
このように,ミュージアムと呼ばれる場所(美術館,博物館など)は珍しさからくる「それ自体の絶対的な価値」を有した作品を集めた驚異の部屋から端を発している.
印象派以前・印象派以降・現代アート
美術史では印象派以前以降でアートの性質を分ける言説がある.印象派以前の芸術は絵画にしろ,彫刻にしろ,写実的な表現手法が主流であった.
実際,ルネサンス期はモチーフこそ宗教的であるものの,同時代に発明された透視図法や遠近法は見たままを模写する技法として画期的な手法である.レオナルド・ダ・ヴィンチは勝手に死体解剖を行い,骨格や内臓の様子を観察するほど,見たままの表現にこだわった.多くの芸術家はクライアントのポートレートを写実的に描くことが職能であった.彼らの作品には写実性を実現させるだけの高度な技法という驚異があった.
その後,1870年代にカメラが登場すると,もはや写実的な画を筆で模倣ことに価値がなくなると,印象派をはじめとする表現主義のトレンドが始まる.表現主義においては,代表的な作家クロード・モネの作品にみられるように,もはや「見たまま」を描く必要はなくなった.このトレンドは「見たままの芸術」を相対化させ,以降の芸術の定義を大きく拡張させたといえる.
20世紀初頭になると,マルセル・ドゥシャンが「泉」を発表したことでコンセプチュアルアート,ひいては現代アートに通じるトレンドが始まる.現代アートは,文化的・社会的な文脈から論理構造を作ることで作品自体の価値を定義する.
例えばドゥシャンの提唱した「レディメイド/Ready-made」は代表的な現代アートの論理構造である.それまで職人的な技術によって,一点物の作品が制作されることで価値を持つと思われていた芸術作品に対して,大量生産される便器をアート作品として出品することで,ただの便器に芸術としての価値が定義される.
また,日本における代表的な現代芸術家といえる村上隆は,「スーパーフラット/Super Flat」という論理構造を発明した.日本画に見られる奥行きの無い絵画表現や,日本の社会階層のフラットさや,日本におけるハイアートと漫画などのカルチャーの分け隔てのない扱われ方などを取り上げ,西欧の美術の歴史的文脈に移植した.村上隆が2006年に著わした『芸術起業論』では次のように述べられている.
加えて,こうとも述べている.
このように,欧米の現代アートの世界では,もはや作品の質より,それを価値づけている論理構造(村上隆のいうところの観念,概念)の勝負である事が分かる.(因みに,先日京都近代美術館で村上隆の個展を見に行ったが,作品としての質はものすごく高かった.あくまで,論理構造が主役ではあるが,彼ほどのトップアーティストになると,当然のようにクオリティーは高くなるのだと思う.)
ここまでをまとめると,
印象派以前=見たままの再現の芸術.写実性の質が価値
印象派以降=見たままの芸術の脱却.芸術の定義の拡張
現代アート(20C以降)=論理構造が価値
という事になる.
このように時代を経て,芸術の価値定義は拡張され続けてきた.現代アートが主流の現代において,もはや珍品を並べ立てて,その珍しさを自慢していた驚異の芸術の時代ではなくなってしまった.小難しい論理構造に頭をひねらせ,「私はそれを理解した!」と言わんばかりに大金をはたいて絵を買う時代なのである.
驚異の芸術の再来,メディアアート
先日大阪に足を運んだ際,Rhizomatiksの真鍋大度さんの個展をみた.たまたま個展のタペストリーを見かけて,Rhizomatiksの作品は見たことなかったなと思いふらっと入ったのだが,思いもよらず衝撃の連続であった.
彼の作品は所謂「メディアアート」として括られるだろう.メディアアートの定義については難しいので,以下を参考にしてほしい.
今回の真鍋大度さんの個展,「Continuum Resonance 連続する共鳴」の作品解説は以下である.
つまり,Work4以外は,PolyNodesと呼ばれる3D音響デザインソフトウェアを使って,鑑賞者の位置データをパラメータにリアルタイムでオーディオビジュアルを生成している.鑑賞者の位置データは恐らく床に規則的に配置されていたセンサー類(fig.2, fig.3, fig.4)からインプットしているとみられる.
また,4つあった展示室にはそれぞれ4~5chほどのスピーカーが配置されているなど,音響設備も贅沢な仕様である.暗い展示室内でハイクオリティーの視覚聴覚体験と,重低音の空気の震えで体が満たされるといったような鑑賞体験だった.
丁度二週間前に村上隆の個展を見たばっかりであったこともあり,現代アートとメディアアートの違いを考えるきっかけになった.日本におけるメディアアートのトップと言えば,Rhizomatiksともう一つTeam Labが挙げられるだろう.恥ずかしながらTeam Labの室内作品は一度も鑑賞したことが無いので個人的に評価することは難しいが,優れた文化的施設に贈られる「ティア・アワード」を受賞するなど,世界的に見ても素晴らしいアート作品を制作しているといえる.
このTeam Labに関して,村上隆はYoutubeのとある動画内にてこう発言している.
この発言の「全てを変えたので」という部分が自分の中でずっと引っかかっていたのだが,真鍋さんの個展を見たことでその真意を個人的に解釈することができた.
それは,メディアアートによって「論理構造の芸術の時代」を「驚異の芸術の時代」に揺り戻したという事である.
メディアアートはマルセル・ドゥシャン以前の時代のように,作品の質によって価値づけされる.そこにはレディメイドやスーパーフラットのような論理構造はなく,展示室に入った鑑賞者は考える間もなく作品の質を理解できる.これは,15世紀の「驚異の部屋」と違わないといえないだろうか.
圧倒的に進歩したコンピュータ技術を駆使することで,芸術の驚異性においてブレークスルーを起こしたのだと私は考える.
「驚異の時代の芸術」への揺り戻し.これこそが論理構造の芸術を背負った村上隆が「すべてを変えた」と評価する所以ではないだろうか.
現代アートの空間的特質
ここからそれぞれの芸術の時代における展示空間の特質に関して,話を移す.
ホワイトキューブの確立と現代アートの性質
建築や芸術界ではホワイトキューブという言葉を使う.真っ白に塗られた平坦な壁の展示空間に作品を展示する展示方法を指し,現代の多くの美術館がこの手法を採用している.実はこのホワイトキューブを確立させたのはアメリカ,ニューヨークのMoMA(Museum of Modern Art)であるといわれている.それまでの展示方法は壁一面に絵画をしきつめるのが主流であった(fig.5).
その後時代を追うごとに,美術館への来場者が増えるにつれ,より鑑賞しやすい展示方法へと洗練されていった.そして1936年,MoMAにて「キュビズムと抽象画展/ Cubism and Abstract Art」の開催時には現代に通じるホワイトキューブの展示方法が確立されたとされているfig.6.
展示空間とアートのトレンドの歴史を重ねて考えると,現代アートはホワイトキューブの確立と共に生まれたといってよい.
ここで,現代アートの一ジャンルであるフォーマリスト絵画に対しての,美術評論家のDavid Carrierの指摘を引用する.
ホワイトキューブは極限まで装飾を排した匿名性の高い空間である.世界から孤立し,それ自体で自己完結しているという指摘のように,ホワイトキューブのコンセプトと現代アートの持つ自己言及的な性質は非常に相性が良かったのではないかと考える.
Gerhard Richaterのステンドグラス
ドイツの現代アートの巨匠Gerhard Richater(以降リヒターと呼ぶ)は,巨大なキャンバスに特製の器具で何度も油絵具を塗り重ねる手法を用いた「Abstract Painting」などで知られる.他の現代アートティストよろしく,彼の作品もホワイトキューブに並ぶ代物である.
そんな中,彼は一度教会のステンドグラスの制作を行っている.それが,ドイツのケルンにあるケルン大聖堂に納められたものであるfig.7.
正方形の様々な色のガラスがランダムになるようにコンピュータで生成し,格子状に整列させた作品となっている.リヒターはこれと似た作品を以前にも作っているfig.8.
「カラーチャート」シリーズと呼ばれるこの作品は,ドゥシャンのレディメイドを論理構造を採用した,れっきとした現代アート作品である.つまり同様に先ほどのケルン大聖堂のステンドグラスも現代アートの文脈を踏んでいるといってよい.
私自身,ケルン大聖堂に実際に足を運びリヒターのステンドグラスを見たことがある.非常に綺麗で鑑賞することができてよかったが,他の壁面に配されたステンドグラスは教会らしい宗教画をモチーフにしたものであったために,リヒターのステンドグラスだけが大聖堂の中で異様な雰囲気を醸していた.実際リヒターのステンドグラスは,現代的,抽象的すぎて大聖堂にはそぐわないという批判もあったという.
この違和感や批判の根源は,やはり展示空間の空間的特質の違いから来ているのではないだろうかと推測する.現代アート的な文脈を持つリヒターのステンドグラスはホワイトキューブにおいて鑑賞されるもので,信者に神のナラティブを伝えるための具象空間においては,感覚的にそぐわないとみなされる.
驚異の芸術の空間的特質
驚異の芸術の手法
前述したようにRhizomatiks, TeamLabなどの一部のメディアアートをはじめとした驚異の芸術はある共通の手法を持ちていると私は考えている.それは既存の展示空間に,新たに作品空間を重ね合わせる手法だと言い表せる.
逆に言えば,展示空間を作品によって支配するのが現代の驚異の芸術であるとも表せる.
アイスランド系デンマーク人のアーティスト,Olafur Eliassonの作品はメディアアートに括れるかはわからないが,驚異の芸術の代表であると思っている.ここでは彼の名前を広く知らしめることとなった作品,「The Weather Project」fig.9,10を取り上げる.
英Tate Modernにて展示された作品で,巨大な円形のランプが,暗く広い展示空間を夕焼けのように照らす.天上は鏡張りになっており,鑑賞者は上を見上げることで,淡く照らされた展示空間を俯瞰して眺めることができる.
先述した,展示空間に作品空間を重ね合わせ,支配するというのはまさにこのようなことである.外界から隔絶された展示空間という匿名の空間に,仮想の太陽(ランプ)を設置するという操作によって作品空間を作りだす.新しく生まれた非日常的な空間で,鑑賞者は頭をひねらせる前に,その驚異の程度に価値を見出すことができる.
メディアアートの空間的特質
驚異の芸術としてのメディアアートの空間にも同様な特質,手法が窺える.しかしそれは,より多層次元的である.
Rhizomatiks 真鍋さんの個展はまさしく多層次元的なメディアアート空間を作っていた.特筆すべきは,やはり床に配置されたセンサーによって来場者の位置情報を取得している点であろう.展示空間をインプットの対象にすることで,リアルタイムに生成されるオーディオビジュアルと鑑賞者との不思議なインタラクションが生まれていた.
もう少し具体的に解説する.
work2 (Studio B)の作品に関して.fig.10に展示室前面にプロジェクションされた映像を示した.赤い垂直のレーザーのようなものは鑑賞者の位置を表しており,映像内をバチバチと動き回る光がレーザーに触れると,それが音響に反映されるといったような作品(説明が難しいので,この記事の最初の方に添付した私のツイートの動画をご覧ください.).
加えて,映像に奥行きを持たせ,実際の展示空間と映像内の仮想空間を地続きにしている点も注目すべき点である.展示空間に作品空間を重ねようとする操作が見受けられる.
続いてwork3.こちらは比較的明るめの展示空間の真ん中に二つのモニターが配置されており,前方の3面の壁にはプロジェクションがされている.
モニター内には展示室の3D CGに来場者のリアルタイムの映像をうまく重ね合わせて映し出されている.基本的に定点で天井から俯瞰されている映像は,時折オーディオの盛り上がりに合わせて画角をグイングインと変える.
モニター内の映像は実空間のプロジェクション映像と同期しており,ここでもwork2同様,展示空間と作品空間を重ねあわせ,等価に扱おうとするコンセプトが読み取れる.
最後の作品work4(fig.13)は,天井高の高く床面積も大きい展示空間にある.三面の大きな壁面に映し出されるのは,ダンスをする人型のCG映像と,背景にはこれまで巡ってきた展示空間の3Dスキャンモデル(点群データ)がグネグネと動く,なんとも迫力のある映像である.
こちらは鑑賞者とのインタラクティブ性はなかったが,fig.13の通り鑑賞者は床に寝ころび,映像に没入する.私も小一時間没頭してしまった.
この作品からも実空間とスキャンされた仮想空間の重ね合わせが行われている.仮想空間はグネグネと動き,時に点群データがはじけ飛ぶような演出があるなど,実空間を超越した仮想空間を作り出し,展示室を支配している.
このような3Dスキャン技術や,センシング技術を用いることで,展示空間をインプットの対象としている試みは先進的であると思う.また,それらを積極的に匿名の展示空間に重ね合わせ,作品空間を作り出す表現は,まさに驚異の芸術としてのメディアアートであると感じた.
驚異の芸術のための建築
Sphere Las Vegas
驚異の芸術としてのメディアアートの例として,重要な施設がある.2023年にLas Vegasにオープンした「Sphere」fig.14である.
巨大な球体の下1/3が埋没したような外観で,全面が120万個のLEDからなっている.MBLが開催されるときはそのシンプルな形態を使ってバスケットボールに擬態するなど,建築自体がメディア的に扱われている.fig.15
また話題を呼んだのは中の構成で,座席数17,600席,高さ約75mの16Kの曲面スクリーンが配されている.
Sphereは,作品空間の大きさとクオリティでいえば世界一といえるだろう.
メディアアートの展開と展示空間
恐らくSphereのような驚異の芸術に対応した施設は,メディアアートの発展に伴って今後増えていくことが考えられる.ここからはそういった施設に何が求められるのかを考えていく.
そのためには,メディアアートを下支えするコンピュータ技術がどのような方向に発展し,どのような表現手段で扱われるのかを予測する必要がある.
『WIRED vol.53 Spatial×Computing』から思索のヒントを引用する.
これをふまえて,まず一ついえるのが,展示空間(実空間)と作品空間はより親密に重なり合う方向に行くという事だ.空間には様々な情報がある.ある物と物の距離感,それらの質量,テクスチャや,空間内を満たす物質のプロパティ,鑑賞者の人数や彼らの生体情報など,挙げればきりが無い.それらの情報をコンピュータのインプットの対象とすることができれば,それを基に実空間とインタラクティブで超越的な作品空間を作ることが可能になるだろう.
この時建築に求められるのは,更新が容易な形でインストールされたセンサー類である.センサーとひとくくりに言っても様々なタイプが考えられる.
・あらかじめ建築にインストールされているタイプ
・Swarm Roboticsのようなアルゴリズムに基づいて自律的に動くエージェントタイプ
・鑑賞者が自ら装着するタイプ
などが挙げられるだろう.能動的に空間情報をインプットするエージェントとしての建築空間は重要なコンセプトとなる.また建築のプロパティとセンシング情報を統一的に管理するOSの存在も必須といえる.
二つ目に,アウトプットの形がより多様になるという事に関して.真鍋さんの個展やTeam Labの作品,Sphereの巨大なスクリーンなど,現代のメディアアートは,ディスプレイやプロジェクションの映像、音楽など,オーディオビジュアルのアウトプットの域を出ていないものが多い.
メディアアート的なもので物質的なアウトプットを実現している例として,VUILD株式会社が昨年21世紀美術館で行った展示がある.来場者がマイクに向かってしゃべるとその単語からAIが3Dモデルを生成,CNC加工機が木材を切削し,3Dモデル通りの彫刻作品を作るというものである.建築を専門とする会社だからこそ実現できたユニークなアウトプットだといえるfig17.
このような質量のあるアウトプットはオーディオビジュアルとは違い,マテリアルの扱いや機械の制御など,高度なテクノロジーが必要な事を考えると,ハードルは非常に高い.
しかし仮にハードルを越えるようなブレークスルーが起きると考えることに意味はあるだろう.現代の美術館が、外界から隔絶された展示空間を採用しているのは,オーディオヴィジュアルの展示に適しているからと推測できる.そう考えると,質量のあるアウトプットを目標とすることにおいて,もはや展示空間は建築内部に隔絶される必要はなく,外界の環境をインプットすることも可能になる.美術館の内外環境に呼応するように,またはそれを超越するようにして,もはや外界を支配するような作品空間を作ることも可能になるかもしれない.
参考
1. https://www.team-lab.com/news/borderless20190416/
2. レディメイド - Wikipedia
3. 村上隆 (2006) 『芸術起業論』幻冬舎文庫
4. 暮沢剛巳 (2022) 『ミュージアムの教科書 深化する博物館と美術館』 青弓社
5. How the White Cube Came to Dominate the Art World | Artsy
6. 【村上隆vs資本主義】衝撃告白!日本の現代美術が世界で勝てる!?【斎藤幸平】 (youtube.com)
7. VS. OPENING EXHIBITION Continuum Resonance:連続する共鳴 真鍋大度新作個展 | VS. | うめきた「グラングリーン大阪」の新たな文化装置 (vsvs.jp)
8. The weather project • Artwork • Studio Olafur Eliasson
9. 衣笠雄一郎 (2024)『WIRED VOL.53』 株式会社プレジデント社