マガジンのカバー画像

短篇集

10
創作をまとめておきます。
運営しているクリエイター

2020年4月の記事一覧

『沈黙と騒音、割れたそれについて』

『沈黙と騒音、割れたそれについて』

「ねえ」と言ったら、それは貴方に届くすんでのところで弾き返され、気付いたら落ちて割れていた。

言葉は大抵、届いた地点からゆっくりと沈んで、溶けていくように思う。アイスコーヒーにガムシロップを入れた時のように、ミルクでもいいんだけど、もやもやと漂ったかと思えば重力に負けて素直に落ちていくこともある。すべてがコーヒーに混ざりあってしまった時、言葉はわたしから離れて貴方のものになる。

今わたしから飛

もっとみる
『あの春に死に損ねたので』

『あの春に死に損ねたので』

急に春一番が吹いて春が来た。
間に合わせの薄手のセーター、履きなれたスニーカー。足は安心しきってスニーカーに身を委ねている。すこし汗ばみながら、歩く。
見上げると、青空にコーヒーフレッシュ1個分をこぼしたくらいの薄く霞んだ空だった。風の匂いは、おべんとうをリュックの底に大切に仕舞って出掛けた遠い昔の遠足の日の、埃っぽく汚れた手をお手拭きでぬぐう時のあの匂い。あどけない故の、凶暴な匂い。

1年ぶり

もっとみる