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クリエイティブ・クラスの緊急避難としての地方移住 − 松永圭子・尾野寛明編著、2016『シリーズ田園回帰5 ローカルに生きる ソーシャルに働く 新しい仕事を創る若者たち』一般社団法人農山漁村文化協会

 本書を出版する一般社団法人農山漁村文化協会(以下、農文京)は、もともと農林水産省所管の公益社団法人で、2013年に一般社団法人に移行した出版社である。その性格ゆえ、農業、健康、教育などの分野の書籍等を扱っている。

 農文京の理念は下記のように説明される(農文京ホームページ:「ご案内」より )。<近代化は、あらゆる場面で生産効率を高め便利な生活をもたらし>た。しかし一方で<自然と人間の関係を敵対的なものに変えて>しまっている。これを解決するために<都市と農村の関係を変え、自然と人間の調和した社会を形成することをめざ>すという。

 では、そんな農文京が出版した本書は、どのような本であろう?本書で取り上げられる<ローカル志向>な人々の属性を要約するならば、東京のような大都市での暮らしではなく、地方都市や農山村へ移り住むことを選び、大企業に勤めるのではなく、地域に貢献しながら生計を成り立たせている人々、ということができるだろう。本書によれば<ここ数年、若い世代のローカル志向にみられるように、地域をめぐる環境や価値観は大きく変わりつつあ>(P6)り、これは<単に農村での動きだけでなく、都市や下町などでも同じような動き>(P6)が起こっているという。

 本書の記述の大部分は、そのような動きを、今後普及していくことを見越して<先駆けとして実践している人たちの生き方・働き方>(P6)と位置づけ、<農山村や地方都市、大都市の下町で活躍する一人ひとりの「なりわい」づくりに光を当て、そのライフスタイルを浮き彫りに>(表紙)しようと取材した事例集となっている。

 なるほど、よく言われるように、わが国の戦後に起こった高度成長や、産業構造の転換による都市への一極集中と農村の過疎化は、農村から都市へ資源を吸い上げる形で対立的な関係を生み出したかもしれない。その意味で、<ローカル志向>な人々の動きはその逆転現象と見ることができる。その点を、農文京は注目に値する時代の先駆け的な動きとみなし、注目しようというのである。

 こういった動きは、まちづくりや市民活動、ソーシャルビジネスの分野にも通じる大きな流れの中にあるだろう。その意味で、この動きに期待したいのは、農文協に限った話ではないと考える。

 さて、<ローカル志向>を選択した人々は、既存のメリトクラシーではおざなりにされてきた、コミュニティの価値と出会いなおすこともあるようだ。本書では<ローカル志向>な人々を代表するような形で、千葉県館山市の朽ちかけたかやぶきの古民家をリノベーションし続ける「ゴンジロウプロジェクト」の関係者による対談を取り上げている。そのやり取りは興味深い。

<岡部 たとえば茅の屋根でも、コミュニティ全体で茅場を維持したりして、愛と死、ひとり何束というノルマを決めて茅を刈ってきて、1軒の屋根を葺きなおすときは、みんなが手伝ってやってたわけですね。(略)いまの時代、家屋は個人の資産です。でも、茅葺きの家を個人で維持するのは至難。コミュニティがまわっていない状況ではとても維持できない>(P29)

 この発言に見るように、地域社会の相互扶助機能を見直すことができたり、地域社会で継続的に共同作業を行うことで技術や知識が効率よく共有されていくプロセスを再発見できたりする。

<岡部 少しずつものをつくり続けることで、どうやってここを維持していくのかがだんだんわかってくる。それに必要な人たちが自然と集まってくる。結果的になんか、すごく戦略的にちょっとずつ屋根を葺き替えたような形になってるんですね。特定の誰かというわけでもなく、いろいろな人が継続的にかかわる、ということを、私もやりながらだんだん自分でも学んでいった(略)松永 共同作業というのは技術や知識を共有していきながら、場が開かれていく一つのポイントなんですね。>(PP38-39)
<岡部 大学のまちづくりの研究室の共通テーマはコミュニティですが、日本では誰もまともな実体験をもってない状況でコミュニティを語っているわけですよね。ところが、そのジャカルタの中心部のスラムだったら、必要に迫られたコミュニティが存在していて、一発でコミュニティとはなんなのかという共通の認識ができる。建築的には、スラムですから8割セルフビルドですね。家ができてから住むんじゃなくて、住めるようになったら住み始めて、ずっと直し続けていって、つねに変化し続ける。意外とそれが効率的と言いますか(略)スラムではもう否応なしに、まわりの人皆が明日はわからないけどいまを生きている。だから、そういう価値観に変わってしまうんですよ。いまを生きることっていかに幸せで豊かなことなのかをかんじたんじゃないか(略)ゴンジロウという家を建てて維持していくというプロセスで、家族で力合わせてとか、コミュニティみんなで分業して地域を維持していくということを学ぶことでもあるんだろうなと思うんですよね。住宅を商品として建ててしまうということ自体がもったいない。せっかくの機会を失っているような気がしますね>(PP43-45)

 このように、日本では希少化した「コミュニティ」の本質や有効性を実体験する機会も得られたというではないか。
 柴田氏も、生産の一部分ではなく全体に関われることのやりがい、面白み、マイペース感などを得たようである。

<すでにおもしろいとされる先進地に移住するより、自分の力で、地域をおもしろくするほうが、魅力がある(略)さらに、お金は少ないかもしれないが、家族や仲間と過ごす時間や、自分の時間は多い。これもやはり田舎ならではの暮らしである。暮らしと仕事の境界があいまいなので、切り替えが大変な面はあるが、それでもすべてにおいて自分で決めて進めていけるという、マイペース感はとても充実した暮らし方、働き方になっている>(P111)

 著者は、これらの語りから、<今後ますます、地域社会において経済的価値だけに換算されない取り組みは意味をもってくるのではないか>(P6)と提言するのである。

 このように、本書で取り上げられる<ローカル志向>な実践と、そこから経験的に得られる知見は、まちづくりやコミュニティ政策論の文脈とも親和性が高いものである。その点において、まちづくりやコミュニティ政策に携わる我々にとっても、実践事例集として大変参考にすることができるだろう。

 では、なぜそのような<ローカル志向>な動きが、若い人々の間で生じてきたのだろうか?本書のコミュニティ政策論上の重要な示唆はそこの分析にある。引き続き、ゴンジロウプロジェクト関係者の対談を参照しよう。

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