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しゅわしゅわ、今日も溶けてゆく

もう少しでプツンと何かが切れてしまいそう。

朝なのに、お疲れさまですと言いそうになって、慌てておはようございますと言い直した。

うまくいったと喜んだ束の間、別の心配事が降りかかる。
その繰り返しに、だんだん疲弊してくる心に見ないふりをして。

熱を出したり、原因不明の腹痛に悩まされて、ようやく少し無理をしているなと気づくのだ。


どっぷりと疲れを溜め込んだ週末。

家に帰ってきて、部屋の扉を開けると、ふんわりと甘い香りがした。

休みの日だったぺこりんが、スコーンを焼いてくれていたのだ。

スコーンはよく見ると、ムーミンとニョロニョロのカタチをしている。クッキーの型を抜いてつくったらしい。

ごはんの前だから1個までだよと言われる。

スコーンはさくさく、ほろほろ。
クロテッドクリームはひんやり甘い。

張り詰めていたきもちが、しゅわしゅわ、ぷしゅーっと溶けていく。

おいしくて、つい2個目に手を伸ばす。

あれ、2個目じゃない?とぺこりんに気づかれる。
怒られるかな、と思ったらぺこりんはにこにこしている。

ちゃんと夕ごはんも食べてねと言われ、はーいと返事をする。

ほかほかのスコーンを食べていたら、さっきまで覆っていた身体の重さがどこかへ抜けていった。

ぺこりんと一緒にいると、ぷしゅっと息抜きができて、うまく息ができて、少し上手に生きられるような気がする。


夕ごはんはヒレカツでした



ぺこりんだけおやすみの日、ぺこりんに本を貸した。

体調を崩していたぺこりんはどこにも出かけられないし、画面を見るのも避けたいから、珍しく本を読むことにしたらしい。

体調が悪いときに読む本か。あまりドロドロした本ではなくて、心温まるお話がいいなと思い、私の本棚からセレクトして、サイドテーブルに置いておく。

・原田マハ『さいはての彼女』
・村山早紀『魔女たちは眠りを守る』
・カシワイ『風街のふたり』

私が家に帰ると、ぺこりんは、『魔女たちは眠りを守る』を読んでいた。

前に『西の魔女が死んだ』を貸したときに、すごく気に入っていたようだし、図書館から『メアリー・ポピンズ』を借りて読んでいたことがあったから、ぺこりんは魔女が好きなのかもしれない。


ぺこりんから、ねーねー、ももはこの本で何回泣いた?と聞かれる。

そういえば、ぺこりんの目元が赤い。

ももに見られてると、うまく泣けないから、お風呂に入ってきてと言われる。

お風呂から上がって、夕食を食べていると、ぺこりんは「魔女になりたいな」と言う。

この本に登場する魔女たちは、人間たちを優しく見守って、ときにささやかな魔法で救ってくれる。

いつも私のことを救ってくれるぺこりんは、すでに魔法使いみたいだけど。



ぺこりんの体調が回復した、ふたりでお休みの日。

お願いがあるんだけど…とぺこりんは神妙な面持ちで、私の顔を見つめる。

「ぺこりんのこと、ケーキやさんに連れてって」と言う。

ぺこりんの好きなケーキ屋さんは駅から遠く離れている。普段運転しないぺこりんがそこに行くには私が運転しなければならない。

かわいいお願いに、私がぷるぷる肩を震わせていると、なんだよー、ひとが真剣に頼んでるのに、とぺこりんはちょっぴりぷんすかしていた。

ケーキ屋さんに連れていくと、ぺこりんはうきうきしながらケーキを選ぶ。併設のカフェで食べることにした。ぺこりんは抹茶のケーキ、私はマンゴーのパフェを頼んだ。パフェはその場でパティシエさんがつくってくれる。

抹茶のケーキは、軽いクリームを想像していたら、生チョコレートのような濃厚さ。

マンゴーのパフェは、パフェ、というか、もはや芸術品だった。
とろんと口の中でとろけるマンゴーと、マスカルポーネチーズ、カシスのムースマンゴーのジュレ、アールグレイのシャーベット、さくさくのパイ生地が次々と現れては絡み合う。

帰りに、ケーキと一緒にいただいたコーヒーの豆をぺこりんが買っていると、店員さんから、もしよかったら、いま珍しいコーヒー豆が入ったんで、ちょっと味見にサービスしますから、待っててください!と言われていた。

ぺこりんといると、こういうサービスに遭遇することが頻繁にある。
私がひとりで歩いているときに、こういうことはあまりない。

たぶん、にこにこ楽しそうにお話しするぺこりんに、店員さんもサービスしたくなっちゃうんだと思う。



ふたりでおやすみの日。

今日は白夜ごっこをしよう、とぺこりんが言う。

何それ、と尋ねると、

「いまは明るいけれど、いまは夜なんだよ。ということで、眠らないと」と言って、ぺこりんはおふとんへと向かいそうになる。

待て待て、ここは日本だし、まだお昼前だ。

白夜ごっこは却下した。



日曜日の夜。
おふとんに入ったぺこりんは、急に「しゅるしゅるしゅる〜」と言い始めた。

どうしたの、と聞く。

「明日からお仕事だから、お仕事仕様にならなきゃ、と思って」とぺこりんは言う。

いつもぽやぽやに見えるぺこりんも、ちゃんと切り替えているようだ。



ぺこりんだけおやすみの日。

帰るとテーブルのうえに紙袋が置いてあった。
これなに?と聞いたら、クンクンしてみて、と言われる。

クンクン…

紙袋はシャトレーゼの袋で、中にはアップルパイが入っていた。ほんのりあたたかい。

帰省したときに食べたらおいしかったから、ももにも食べさせたかったんだ、とぺこりんが言う。

私もおいしいものを食べると、ぺこりんにも食べさせたくなるけれど、ぺこりんもそうなのだなと思うと、うれしいような、くすぐったいような気がした。



最近、無印のパジャマをぺこりんとおそろいで買った。

タオルのようなさわり心地のパジャマ。

突然だが、告白すると、私はタオルケットが大好きだ。
断然、毛布よりタオルケット派。

もちろん、タオルケットにくるまれて眠っているぺこりんも大好きだ。

ぺこりんは細マッチョならぬ細ぷにぷに。
ほっそりしているけど、ふわふわしている。特にほっぺと二の腕。

タオルにくるまれたぺこりんをむぎゅっとすると、マシュマロみたいにふわふわで、しあわせなきもちになれる。

しかし、このパジャマをぺこりんが着ていると、寝ていなくとも、常にタオルにくるまれているぺこりんを拝めてしまうのである。

とても危険な代物を手にしてしまった。
これじゃあ、ももちゃんホイホイだ。

ふわふわタオルとふわふわぺこりんの組み合わせはなんとも抗いがたい魅力で、ついついむぎゅーっとしていると時間がしゅわしゅわと溶けてゆく。

非常に困ったものだ。



ぺこりんはほとんどモノを持たない。
でも、例外的にTシャツだけはたくさん持っている。

そのどれもがかわいくて、ぺこりんに似合っている。

ねずみとチーズ
カメレオン
このシャツもわたしのお気に入り。
ボッティチェッリの《春》のフローラが着ている服に似ているから、
このシャツを着ているときは、ぺこりんのことをフローラちゃんと呼んでいる。
右から3番目がフローラ
サンドロ・ボッティチェッリ《春(プリマヴェーラ)》1480年頃、テンペラ・板、 207 x 319 cm、ウフィツィ美術館、フィレンツェ


ぺこりんは職場にもこれらのかわいいお洋服を着ていく。研究者のぺこりんは、普段作業着を上に着るため、中はどんな格好でもいいらしい。

ただ、このまえプレゼンがあったとき、ぺこりんは話していたら、だんだんヒートアップしてきたらしく、作業着を脱いだという。

そこから現れたのは…

ウーパーマン!

その場にいた人たちは、はっと息を呑んだらしい。

おそらく、ぺこりんの話す内容は、誰の頭にも入ってこなかっただろう。




先日、ぺこりんの会社で内示があり、8月から半年間ぺこりんは単身赴任をすることになった。もちろんウーパーマンを着ていたせいではない。少し前から会社の方針が変わってしまったのだ。

ぺこりんがいない家なんて、帰ってくる意味がない。

そう思ってしまうほど、私にとってぺこりんの存在は大きい。
依存、とも言えるかもしれない。
ぺこりんがいないと、少し息苦しくなるし、生きづらくなる。

でも、私は、ぺこりんと一緒に、いつでも帰りたいと思えるような温かい場所をつくってきたという自負がある。


半年後どうなるのかもよくわからないし、不安もあるけれど、きっと大丈夫だ。

そう自分に言い聞かせる。


今回の単身赴任は、新たな技術や知識を半年間でみっちりと学んでくるためのもの。何年も遠く離れた研究所で働かなくとも済むように、私とこれからも一緒に暮らせるように、ぺこりんが選んだことだ。

そんなぺこりんの選択を応援したい。

私も心細さはあるけれど、自分の時間がたっぷりと持てるこの半年の間に、やりたかったことをいろいろとやってみようと思う。

また半年後には、ふたりでしゅわしゅわ溶けていく日々を送っていることを願いながら。




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