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泣いてるだけで誰かの守護欲をくすぐるような可愛らしい女の子にも、悲劇のヒロインにもなれなかったので、復讐だけは完遂する

学校でいじめられていたが、屈せずに毎日登校し、1年間無欠席登校しました。
私も同じことをしました。毎日行ったことで、いじめっ子たちはみんな諦めました。やはり、弱いものが集っていじめるのですね。

そんな記事をネットで見た母親に、こう問われたことがある。

「他の子は毎日行ってるみたいだよ。行ったことで緩和したケースもあるって。行ってみたら?」

私は、いつも自分のキャパシティを凌駕する出来事が起きた時、固まってしまうくせがある。すぐに言い返せないのだ。後々腐るほど返しは浮かんでくるのだが、その時は虐められて逃げた時期で、 自分が情けなくなってくるばかりだった。いつか、もう少し賢くなった時に言い返せるのかな…なんて悔し涙を流しながら思った。

なので今言い返そうと思う。
うるせぇぇええええ!!!!知らねえぇぇ!!!

私が欲しかったのは、無視していたクラスメイト全員が涙を流すような綺麗な物語でも、いじめられっ子が毎日登校していじめっ子を謝らせる感動物語でもなかった。ただ幸せが欲しかった。私を否定しない静かな場所が欲しかった。他に欲しいものがあるとしたら、あの時はいじめっ子たちの首が欲しかった。だけど、いじめられても尚私は愚かだったから、『いつか謝ってくれる』って思い込んでた。誰かが助けてくれると思ってた。我慢してれば報われると思ってた。あたししか、あたしを救える人はいなかったから、最終的に自分で救った。悲劇のヒロインぶってたと言われればそれまでだ。おやゆび姫みたいに、振り回されては泣いて救ってもらうような、泣いてるだけで誰かの守護欲をくすぐるような可愛らしい女の子にはなれなかった。悲劇のヒロインにもなれなかった。悲劇のヒロインは最後、大体人生を悲劇にしたまま死ぬからだ。

誰だって強い女の子が大好き

強大な敵に立ち向かい勝利する。そんな王道ストーリーは、誰もが好む所だろう。だけど私にそんな強さはない。
あの頃の私は弱りきっていて、死にたいとか考えていたりもした。だが死なななったのは、どこかでもったいないと思ってたからだと思う。子供の時ばかり目の前に美味しそうなお酒やタバコが現れるのと同様に、大人になると目の前には子供時代なら楽しかったであろう娯楽ばかりが出てくるのだそうだ。私は大人になっても子供の娯楽を楽しみたいし、目の前に出てくるオシャレなキャラメルのブランデーなんかを飲んでみたいと思う。両親が吸わないせいで煙草には若干嫌悪感があるけど、水蒸気みたいな、フルーツの匂いがするニコチンのない電気タバコは絶対に吸ってみたい。いっぱい稼いで好きなお菓子を大量買いしたいし、夜に出掛けてみたいし、親に禁止されているあれこれをやってみたい。「親に生かせてもらってるんだから」と強制するあれやこれやを、「今は私が私を生かしてるんだから」と言い返したい。「そんなんじゃ生きていけないよ」と言われて怒られた数々を馬鹿にして、「嘘つきじゃん」と見下して生きたいのだ。親が思うほど私は馬鹿じゃないし、自分が怒り散らしてスカッとした分だけ、子供には必ずどこかで報復されてる。私の場合はブログだけど。
少し逸れたが、つまるところ私は正統派の、万人に好まれる主人公のような立ち振る舞いはできないのだ。今だっていじめっ子たちを許さなければいけないのだろうかなんて考えつつも「私がいじめのこと思い出して不幸になる度にあいつらすっ転んでじくじく傷んで残るような擦り傷付けてくれないかな」とか思っているし、ふとしたきっかけで同じ目に遭えばいいと思う。そして後悔するのだ。「自分がされる側になったらこんなにも辛いのか」と。今だからこそ、あの時にちゃんと言っておけばよかったなとか、あの時は校則を破ってでも無断で先に帰って良かったなとか、沢山思うところがある。だけどそれは全て過去ではなく今だからこその後悔という産物であり、過去がなければ後悔なんてしない。後悔がなければこんなブログもないのだ。私が過去のことなんかスッキリ忘れて「あたし世界一美人だから!」と快活に笑える美少女なら頭痛で悩まされる夜も来ないだろう。自分の顔だけで生きてけるわサイコー!といつか酔っ払って叫びたい。ネガティブなのかポジティブなのかは分からないが、とにかく、私は今、あの頃よりは精神他色々な意味で進化している。
繰り返すけど、やっぱ大衆が好むのは、いじめられても仲間と共に立ち直って、学校行って、学校改革して、生徒会長になって…位にブイブイ言わせながら人生を激しく生きる主人公だけど、私はそこまで明るくないし、嫌なことは絶対にしたくないし、誰かの機嫌取ったり、誰かに一方的にやられたくない。殴ってでもやり返すのが本来の性だ。親に禁止されてたことを普通にするような大人になりたいし、あとこんなブログでも誰かの救いになると師匠がすごく褒めてくれたので、このブログを元に本を書いてみたい。設定だとかを作るのも好きなので、小説やらラノベやらも出版して本を出して、印税でたっぷり儲けて強欲に暮らしたい。母親から植え付けられた、常に金がないと嘆く強迫観念から逃げ出したいのだ。そしてその際には家で勝手に幸せになる用にワンピースをたくさん買う。フリルなんて似合わないからと常時ズボンを履いていた頃のトラウマをぶち殺す。なんだかやばい方向で強い女みたいになってきたが、私は大衆受けしない。なんならネガティブから来るポジティブだ。ポガティブだっけ?

私は現在15歳、もう願書とやらは出したので上手く行けば4月にネット校の高校生。受かったとしても母親はまたネチネチ言うのだろうが知らん。私の人生だし、大人になったら両親にでかい家を一括で買ってそこで勝手に暮らしてもらうのだ。今までの恩を返すという名目でオーロラを見せるために海外旅行にも行く。無論、使うのは母親を存分にdisったブログを元にした本で稼いだ印税。足腰の立たないおじいちゃんおばあちゃんになったらご丁寧に家を高齢者用リノベーションでもする。ここでも使うのは「そればっかやってると世間様に申し訳ない」らしい趣味が高じて出た利益である。散々馬鹿にしてきた『他の子より劣っている』らしい私の、『無駄』らしい趣味によって自分たちが支えられるのだ。そして今度は笑顔で言い返してやる。「でも、今お母さん達を支えてるのは、私の印税だよね」と。でも育てた恩が、と言われたら、「あたし天才作家だし、ファンが待ってるから」と。子供を作る気は無いがもし出来たらその子達には夢を一切諦めさせない教育をするし、存分に毎年お年玉をせびってもらう。これが私の仕返しである。私は慈悲深いので見捨てるなんてしたら心臓が張り裂けてしまうから、これが一番望ましい仕返しである。まあここまで書いたが母親にお金を使うくらいならまず自分を完璧に幸せにするし、そこまでの工程は丁寧に丁寧に長ーくやる。他人は私を赦さないし、幸せにしてくれる訳でもない。しあわせにしてくれるのは私なのだ。自分生きてるとめちゃくちゃ幸せだけどこの人がいるともっと豊かになる、っていう人生を過ごしたい。

泣いてるだけで誰かの守護欲をくすぐるような可愛らしい女の子にも、悲劇のヒロインにもなれなかった事は正直なんとも思っていない。けれど復讐だけは完遂する。自分が完璧に幸せになって、誰よりも幸せ指数で頂点に立ち、完璧に楽しいことで自分を囲うのだ。それが母への復讐になり、あの日私を嘲笑った畜生共への復讐であり、あの時傷ついた私への最大級の愛である。

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