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時計のはなし

 時計が好きだ。
 けれど、それを口にするのはずいぶんと抵抗がある。そこにはうっかり言えない空気が漂っている気がします。

 さぞかしたくさん(しかも立派な)コレクションがあるのだろう、と思われるんじゃないか……。
 ムーブメントの複雑な構造を完全に理解できていてる、と思われるんじゃないか……。

 ただの自意識過剰かなあ。けれど当たらずも遠からずな気がしています。時計好きな人がズブズブと沼にはまっていくときには、ここらへんを避けて通れないと思うからです。

    一本の時計から始まって、いろんなブランドを知り、時計の歴史を知り、個体の背景を知り……そうなると腕は二本しかなくてもつい数を増やしたくなってくる。

 ただし時計には、いわゆるランクというものが存在します。そして予算には限りがある(無い人もいるけれど)。どんなに素晴らしかったとしても、何百万、何千万もするようなハイエンドモデルは到底買えないし、第一着けていく場所がない。ちょっとでも傷が付かないようにと神経をすり減らし、さらには盗難の危険におびえて(90年代のエアマックス狩り、懐かしいですね)一日中気もそぞろになりそう。

    分不相応を思い知らされた結果、そっとタンスの奥で半永久的に眠らせる運命を辿ることに。いや、そもそも買えないんだけど。

 腕時計って、今や100円ショップでも手に入る時代なんですね。精度や耐久性、デザインはともかく、腕に着けて好きなときに時間を知りたい、という目的を果たすだけならまったく問題ない。

    ちなみにダイソーのオンラインショップを覗いてみたら、100円、300円、500円(各税別)の3種類の価格帯で、計18タイプの商品を取り扱っていました。当然ながら、すべてクォーツ式。思った以上のラインナップ! すごいよ!

 特に私が気になったのは、500円の「ミリウォッチ」。ブラックとカーキの二色展開で、そこはかとなくハミルトンカーキやTIMEX(タイメックス)キャンパーの風情がある。現物を手に取っていないので造りの評価はなんともですが、ぱっと見のいでたちはなかなかかわいい。ちなみに素材はABS樹脂とポリエステル、ステンレス。原産国は中国。

    NATOタイプのベルトなので、自分で好きなカラーを購入して付け替えることも簡単にできてしまいます。そうするともはや、ダイソーの時計だってことも気づかれないと思います。そしてダイソーのさらに驚くべき点は、なんと交換用のボタン電池も売っているのです。

 と、やや話が逸れてしまったけれど、結局、100円でも1,000円でも手に入るご時世に、あえて「時計が好きだ」と発するには、それなりのこだわりが求められるのではないかと勝手に思っています。少なくとも私が知る限り、時計が好きだと言っている人はみんな、その人なりのこだわりをちゃんと持っていて、それを大事にしている気がするのです。

 そこで私のこだわりって何だろう、と考えてみた。数はさほど持っていないけれど、アンティークもヴィンテージも好きだし、現行品も好き。はまったきっかけは古い機械式だったけれど、クォーツの精度や便利さにも惹かれるし、正直なところデザインが気に入ればどちらでも構わない(同じデザインなら機械式を選ぶ、という程度)。このムーブメントが、ウンヌン……と言った専門的な話ができるわけでもなく(歴史の中のストーリーとしては興味深いけれど、所有欲にまでは結び付かず)、裏蓋を開けてオーバーホールなんて当然できない。リューズを巻いたあと、時計を耳に当ててお腹からチクチクチク……と元気な音が聞こえてくるとつい顔がにやけるけれど、何がどうなった作用であの音が出ているのか、部品の動きをすべからく理解しているわけでもありません。

 それでもこの小さな(特にレディースの時計は小さい)箱の中で100を優に超えるパーツが複雑に組み合わさり、それらが規則正しく動くことで時を刻んでいる様を、耳に届く音から想像しただけでワクワクするのです。クォーツもまた然り。

 あとはやはり、デザインが好きです。結局ガワで選んでいるんでしょ、と言われたら、はいそうです、と即答するかもしれない。毎日身に着けて眺めるのは外側なのだから、気に入ったデザインじゃなければ意味がないのだ。シースルーバックで機械の駆動が見えるモデルもあるけれど、外さない限りは見えないし(ちなみにオープンハートにはそこまで惹かれない)。

    もちろん予算の範囲で、ということになるので例えばとぐろのようにダイヤがぐるぐる巻かれたものとか、は持っていませんが。クイーン・オブ・ネイプルズなんて圧倒的美の世界で写真を眺めるだけでもくらくらします。しかし私にとってはクイーン・オブ・分不相応。なのでどちらかと言うと、ケースの形や大きさ、文字盤の色や柄、文字のデザインと配置、針の形、などが気になります。シンプルな佇まいの中に浮かぶ造形美、と言ったところでしょうか。

 私が20代のころ初めて手にした「それなりのお値段の時計」は、カルティエのタンクフランセーズでした。安定のオールステンレス、安定のクォーツ。エントリーモデルゆえに人気があり過ぎて、人と被ることも何度かありました。けれど仕方がない。なにせブレスレット、ケース、文字盤のすべてが完璧なのだから。このタンクフランセーズを購入したときのことは、改めて書きたいなあと思っています。

 最近、インスタグラムでいろんな人が投稿している時計の画像を眺めて、目の保養にしています。そこには、かわいい! きれい! かっこいい! が充満しています。新しい画像を目にするたびに、次にほしい一本、がブレブレになる私。ドレスウォッチを狙っていたはずなのに誰かの投稿に感化されて、スポーツモデルもいいなあと思ったり。物欲にはキリがない。おそろしい。

 で、画像を眺めるだけでももちろん楽しいのですが、できればもう少し、誰かと時計についてじっくり話したい。込み入った会話にはついて行ける自信がありませんが、この一本との出会いのエピソードとか、どういうところに愛着を感じているだとか、互いに聞いたり話したりして、共感し合いたい。
 そんなことを考えて、ふとこの文章を書いてみました。これから少しずつ気まぐれに、私が思う時計の「好き」を綴っていこうと思います。

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