寧日さやか

ねいじつ さやか Neijitsu Sayaka 心理学依存症。 休日アーティスト。…

寧日さやか

ねいじつ さやか Neijitsu Sayaka 心理学依存症。 休日アーティスト。 絵や言葉での作品を製作中。 私を落ち着かせてくれるものは深呼吸、本、心理学。 心理学関係の読書を中心に、本を読まないと禁断症状が出ます。

最近の記事

【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❻

 嵐の勢いは少しも衰えていないようだ。広場の植え込みの木の枝が何本か折れ、あっちこっち風に引きずられている。広場にも何軒が小さな店が並んでいた。一軒だけ、灯りがついているようだ。誰かいるのだろうか。ショッピングモール内の上の階にも行ってみようか迷っていたが、僕はモールの外の灯りのついた小さな店に行ってみることにした。  すでにずぶ濡れだった僕は何の躊躇もなく外に出た。雨と風に叩かれながら、十メートルほど向こうの店の灯りを目指して小走りに走った。ウィンドウのディスプレイにはネ

    • 【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❺

       ショッピングモール内の照明は煌々と灯り、音楽も流れていた。客を迎え入れる準備は整っているようだった。けれど客が一人もいないようだ。おかしい。店員も見当たらない。誰も乗っていないエスカレーターが無言のまま昇り降りしている。このまま足を踏み入れるのは罪悪感があった。あのう、誰かいますか?店内に入ってもいいですか?と聞きたい。話ができる存在を探してあたりを見回す。入り口付近のディスプレイに女性と男性と子供のマネキンが立っている。それとその近くに設置されたアクアリウムの熱帯魚が泳い

      • 【小説】 ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❹

         スタジオの非常階段をゆっくりと降りた。正面玄関はもう閉められているだろうから、非常口から出るつもりだった。階段を降りる足音が建物内の隅々にまで行き渡っていく。誰もいない。靴が階段を叩く音が反響して自分の身体にかえってくるだけだ。  階段下の入り口近くの自動販売機で、よく十花と飲み物を買って帰った。今でも十花が近くのベンチに座っている気がしてしまうが、今日もただ、自動販売機だけが虚しく光っている。僕はその光を一瞥したでけで通り過ぎる。こんな日に見ると気が滅入るのだ。非常口へ

        • 【小説】ジュエリー店 『エピソード』へようこそ。❸

           今日、妻の美智に贈り物を選んで帰る予定だった。あいにく外は大荒れだ。窓の外を眺めると、近くの駐車場の看板が剥がれかけて風と雨に煽られている。まばらな街行く人を見ても、傘がまるで役に立っていない。正気なら、出かける用事を中止してこのまま雨宿りをし、雨風がおさまったら家に帰るだろう。こんな日に外に出て贈り物を買いに行き、どこかで怪我でもしたなら、美智は僕をばかだと言うだろう。  でも僕は本当にばかになっているのかもしれない。十花のことを考えると、おかしくなる。雨の日も、十花は

        【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❻

          【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❷

           嵐はその日の午後にやってきた。台風がこの地域を通るという予報が確実になると、稽古は途中で打ち切られ団員たちは帰っていった。僕は稽古場に残って練習していることにした。僕は次の公演でも主役だったし、それにこうしてひとりで踊りの練習をするのが好きだった。  僕は音楽をかけずにバレエのバーレッスンからはじめた。上半身を引き上げ、身体の求心力を保ちながら腕や脚をかぎりなく外に向かって伸ばしていく。今日目覚めた身体に言い聞かせ、馴染むまで、音楽をかけない。そして曲をかけたら僕は身体に

          【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❷

          【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❶

           電車のドアが開くたびに、なまぬるい風が滑り込んできた。風は音もなく車両内を舐めるように流れ込み、出口を探して迷っては消えた。まだ午前中だったが、空はうっすらと灰色を帯びて暗くなってきている。僕はひと駅ごとに開く電車の扉から少しだけ顔を出し、まだ穏やかな外気を肌で確認した。  電車を降りて無口に階段を上る人々に合流する。改札口を出ると流れは二手にわかれ、僕も日常に流れていく。  よろしくお願いしまぁすなどと言いながら若い男女が何かのビラを配っている。若い女性がカフェメニュ

          【小説】ジュエリー店『エピソード』へようこそ。❶