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間違った、いい加減な、その場しのぎの経済理論(もどき)なんかにごまかされないために──ジョン・クイギン『ゾンビ経済学 死に損ないの5つの経済思想』

メディアでさまざまなエコノミストという人々が登場しますが、いつも思うのは同じ世界(経済事象)を見ているのにまったく正反対の解釈(意見)が出ることです。社会科学は反証できないのでそれもしかたがないことなのかもしれませんが、経済分析がそのまま経済政策へとつながっていくこともあり、また私たちの生活に直接関係してくるだけに意見の幅の大きさが時には私たちに間違った選択をさせることもあるのではないでしょうか。

この本は、一度は破綻したはずの経済理論が、いつの間にか復活してきていることに警鐘を鳴らしたものです。
とりあげられた経済理論は以下の5つです。
①大中庸時代:一九八五年に始まる時期は、前代未聞のマクロ経済安定の時期だったという発想
②効率的市場仮説:金融市場がつける価格はあらゆる投資の価値に関する可能な限り最高の推計だという発想
③動学的確率的一般均衡:マクロ経済分析は、貿易収支や債務水準といったマクロ指標など気にすべきではなく、個人の行動に関する、ミクロ経済学的モデルから厳密に導かれるべきだという発想
④トリクルダウン経済:金持ちにとって有益な政策は、最終的には万人の役に立つという発想
⑤民営化:いま政府が行っているあらゆる機能は、民間企業のほうがうまくこなすという発想

クイギンさんによれば、これらはすべて2008年の世界金融危機で破綻したものなのです。
①は現実によってその理論(発想)の無効性が明らかになりましたが、でもなにやら、私たちがよく耳にするものが入っています。ゾンビ化して復活(?)しているようです。
とりわけ④と⑤はいまだに主張している声が聞こえてきます。
一見最もらしく感じるトリクルダウン経済論ですがますが
「死なないゾンビ候補として最高なのが、おそらくこのトリクルダウン仮説だ」
であり
「トリクルダウン仮説を支持する証拠は昔からほとんどなかったが、それを実証的に検定するのはむずかしい。特に、その支持者たちは成長の便益が貧乏人にまで浸透するのにどのくらい時間がかかるか、決して明言しないからなおさらだ」
明言しないのではなく明言できないのだと思います。アメリカの経済動向を分析してクイギンさんはこう続けています。
「市場自由主義の弁明をしたがる連中は、生データが実情とちがう印象を与える理由をあれこれ挙げているが、どれも精査に堪えない。どの証拠を見ても、貧乏人を犠牲に金持ちに利益を与える設計された政策が、予定通りの成果を上げているという常識的な結論は証明されている」
「市場自由主義時代のアメリカの経験は、トリクルダウン仮説への反駁としては、まともに想像できる範囲でこれ以上ないほど徹底したものだった。金持ちはもっと豊かに、富豪は大富豪に。かなりの技術的進歩があったのに、所得分配の注意(中位?)の人々は、そこにとどまるだけでもかなりの苦闘を要し、底辺にいる人々は重要な点で状況が悪化した」
トリクルダウン仮説支持者が主張する「消費財へのアクセスが増えた」等の反論にもクイギンさんは「馬鹿げたものだ」と記しながら丁寧に反駁しています。その上で
「時間がたつにつれて値段の上がった支出費目の例を見つけるのは簡単だ。(略)貧困世帯のヘルスケアへのアクセスはだんだん悪化したし、結果として貧困者の健康状態の差も拡大した。また重要な例が大学教育だ」
と、この仮説の空虚さを指摘しています。
格差は広がるばかりなのです。これが私たちの〝明日の姿〟であるように思えてなりません。

⑤の「民営化」でもクイギンさんは興味深い指摘をしています。
「草創期以来、民営化は「理論的裏付けを探す政策」と呼ばれてきた。実際には、問題は裏付けがないことではなく、ありすぎることだった。イラク戦争と同様に、政策プロセスにおける様々なプレーヤーが、別々の理由で民営化を支持し、そして別々の結果を期待していたのだ」
「民営化の財政的な影響分析の正しい出発点は、公共事業の売却価格と、そのまま公有を続けた場合にそれが生んだはずの収益現在価値との比較だ。この比較はフローを元にしてももいい。つまり民営化を通じて失われる毎年の政府収益と、民営化の売却益で債務を返済したときの利払い減少分とを比較するわけだ」
という観点から、民営化の成功例、失敗例を取り上げています。この実例検証は読みごたえがあります。

破綻した発想=思考にしがみついて、新自由主義を「死に損ないゾンビとして復活」させてはならないとし、クイギンさんは経済学へ3つの提言をしています。
1)厳密性より現実性を重視
2)効率性より平等性を重視
3)傲慢さより謙虚さを重視

どれも実にまっとうで誠実な姿勢だと思います。その上にたって私たちの未来が開かれる経済政策を生み出せるように径座学はなってほしいと思います。
なにしろ
「現在幅をきかせている、数学的論理的厳密性の強調は、他の社会科学になない内的整合性を経済学に与えてくれた。だが整合的にまちがっているなら、なんの意味もない」
のですから。

書誌:
書 名 ゾンビ経済学 死に損ないの5つの経済思想
著 者 ジョン・クイギン
訳 者 山形浩生
出版社 筑摩書房
初 版 2012年11月10日
レビュアー近況:業務の合間合間にウクレレの練習に勤しんでいます。可愛いアウトドア・ケースが先ほど届きました。海へ山へ持ち出す準備は万端ですが、どうやら野中に夏休みはなさそうです。涙。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.07.30
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3824

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