世俗の中にこそ〝新たな聖性〟があるということなのかもしれません──岡本亮輔『聖地巡礼 世界遺産からアニメの舞台まで』
この本に紹介されている代表的な聖地巡礼の旅としてサンティアゴ・デ・コンポステーラへの道が紹介されています。このサンティアゴ・デ・コンポステーラへの聖地へ向かっての巡礼というと映画ファンはルイス・ブニュエル監督の『銀河』を思い出す人も多いと思います。巡礼を続ける二人を待ち受けるのはカソリックの聖性とはまったく反対の出来事、おまけにキリストまで出会うけれどこれがまた過激な主張(?)をする、というようなストーリーでした。ブニュエルはカソリック的な聖性とは真逆な聖性があるのだといっているようにも思える映画です。
ではどのような場所が聖地とされるのでしょうか。それを聖地とするにはどのような要件が必要なのでしょうか。「ある場所が本物と見なされる時、どのような権威とプロセスによって真正性が与えられるか」という問いです。それに対して岡本さんは真正性について「冷たい真正化と熱い新制下という」考え方を紹介しています。
「冷たい真正化とは、社会で広く認められた権威が、ある場所を本物と保証することである」。それに対して「熱い真正化は、社会的にそれほど認知されておらず、強い権威を持たない集団や人々がある場所に価値を与えることである。熱い真正化では、客観的には本物とは言えない場所が、そこに関わる人々の思い入れや運動によって価値を与えられる」というものです。
ここから岡本さんは「冷たい聖地/熱い聖地という概念」を導きだします。「カソリックの聖遺物」や仏教の「仏舎利」などがそれにあたると思います。公的な、宗教的権威によって保証されたものがある地、それが聖地であり、そこへ旅することが宗教的な純真さの証明でした。もちろん過去形であるわけもなく今でもそれは残っていると思います。
ブニュエルが反抗したのはこの「冷たい聖地」であり、そこへ向かう宗教的熱狂に対してでした。だからこそ正統な巡礼の旅を続ける中でこそ〝異なるもの〟と出会わせなければならなかったのです。巡礼そのものを相対化するためにも。
けれど、聖地に観光化という波が押し寄せてきました。サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂もまるでゴールと見なされているかのようにさまざまな巡礼スタイルが生まれてきているそうです。昔ながらの徒歩、自転車、バイク、馬……。
彼らを待っているのが大聖堂であり、発行される「巡礼証明書」というものなのです。
ブニュエルが正面から打ち破ろうとした〝聖性〟は横合いから〝観光化の波〟というものでどんどん世俗化されていっているのです。
モン・サン=ミッシェル修道院がその観光化の例として取り上げられています。世界遺産に登録されている修道院ですが、そこに暮らす修道士たちは「二〇世紀に入ってからできたエルサレム修道会のメンバー」だそうです。これは「宗教と観光の融合がもたらした変化の一つ」のいい例だと思います。
でもこれはまだ「冷たい聖地」です。
では「熱い聖地」とは……。いちばんわかりやすいのが〝パワースポット〟です。メディアによって喧伝されることが多いですが、恋愛成就などの〝極私的なもの〟が多くの人々に共有化されて成立しています。例えば「清正井」のように本来の参拝の目的地である明治神宮へは向かわずに、「清正井」にだけ向かうということも起こっているといいます。
さらにメディアの発達によってアニメ作品に登場した場所も「熱い聖地」となっています。もっとも中国からの観光客が問題となっている『スラムダンク』の舞台、鎌倉の踏切もそれにあたるものかどうかはわかりませんが……。
観光化によって〝祈る/祈られる〟というものが(ここには〝許し/許される〟ということも入っていますが)、〝見る/見られる〟というものに押し寄せられているということなのではないかと思います。
これは宗教の世俗化でもありますが、世俗の中にこそ〝新たな聖性〟があるということなのかもしれません。そしてそれこそが〝宗教〟の魅力なのだと思います。
サンティアゴ・デ・コンポステーラへの道は巡礼者の道としてどんどん整備されているそうです。でもそれよりは、一度は明治政府によって神田明神から追い払われた祭神・将門、ひとたびは政府によって「冷たい聖地」化された神田明神が、氏子たちの運動で「祭神復帰」されたということのほうにより〝聖性〟を感じてしまうのは日本人だからでしょうか。
宗教、聖地、パワースポット、民間伝承と作られた伝説(戸来村伝説等)、「記憶のための聖地巡礼」と岡本さんがいう東日本大震災の地への旅……そしてそれらをおおうような観光化の波……。それらすべてのありようをあらためて考えなおさせてくれる一冊でした。
書誌:
書 名 聖地巡礼 世界遺産からアニメの舞台まで
著 者 岡本亮輔
出版社 中央公論新社
初 版 2015年2月25日
レビュアー近況:シルバーウィークはCSも一挙放送が沢山。観月ありささん主演のドラマ『じゃじゃ馬ならし』を観ていると、中井貴一さん(役の人)が求人情報誌で仕事を探しているシーンがありました。地上波にザッピングすると、スマホの求人アプリのCMが流れてました。ガジェットは変わりましたが、みつかる仕事はそんなに変わってないかもしれません。
[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.09.22
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4148
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