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小説「魔法少女に変身出来るおじさん」2021/07/31



  *



茹だる暑さの安八町。公的な記録として残るかどうかは兎も角、眼前の歩道橋のすぐそば、直射日光を浴びたい放題浴びている電光掲示板は、摂氏三十七度の表示。

蝉時雨。

早や六月より朝夕は蜩(ひぐらし)の声が降り注ぐが、今は八月の快晴の昼下がり、油蝉(あぶらぜみ)が姦(かしま)しい。「姦しい」と雖(いえど)も、鳴く蝉は全て雄(おす)である。
尚、「鳴蜩」の二字でも〝あぶらぜみ〟と読むらしい。こうなると最早、殺人的な暑さも手伝って、訳が分からなくなってくる。

岐阜県安八郡安八町は、簡単に言うと岐阜県ではない。大垣市と羽島市に挟まれた大都会である。名古屋であり、大阪であり、東京である。首都同然の都会度を誇っている。
大垣市との境界である揖斐川と、羽島市との境界である長良川に挟まれた田園地帯で、人口が14260人もいる。人口密度は785人/k㎡。〝すしづめ〟もいいとこだ。コンビニエンスストアも、一軒ある。高速道路のインターチェンジもあるし、新幹線の線路も通っている。

田園。田園。田園。
前言撤回、田園地帯である。

併し、岐阜県の他の市町村を見よ、山脈、山岳、山谿、素人には交通出来ぬ天然の要塞が続くではないか。安八町は結局、東京都同然である。

細かで複雑煩瑣な水上・水辺の領土の境界線は置いておくとして、北に瑞穂市を臨み、南に輪之内町を構える通り、安八町は、他の安八郡の市町村と同じく、浸水と闘ってきた。併し、私、伊良 町雄(いら まちお)は、浸水に非ず、心酔と闘ってきた。

魔法少女。

私は魔法少女として生き、魔法少女として死にたいのだ。

併し、それは現実が赦さない。
(ここで言う〝現実〟が何なのかは、未だによく分からないのだが、何となく、〝全て〟のような気がしている。この世の〝全て〟が、魔法少女として私が存在することを、妨げているかのように思える。)


心酔。


魔法少女への、心酔。


そうそう、自己紹介が遅れた。抹茶のソフトクリームを舐めながら、今から、倉庫の日陰で、自己紹介をしようと思う。油蝉──鳴蜩は、一層、斉唱を逞しくしている。

私は伊良 町雄(いら まちお)。頭頂部の髪は壊滅しているのでどうでもいいとして、156cm、92kg、銀の下縁(アンダーリム)の長方形の眼鏡を掛けている。今は黒のタンクトップに、黒の半ズボンだ。無地。メーカーは不明。汗の塩が浮き出(い)で、白い曼荼羅を時に仄(ほの)かに、時に強(したた)かに描く。

四十一歳独身。家族無し。昨年度、非正規でずっとお邪魔していた、物流会社の梱包部門を馘首(クビ)にされた。
(大型、中型、準中型、フォークリフトどころの話ではなく、自動車の普通免許を──MTとかATとかいう問題ではなく──畢竟(ひっきょう)失格し、取れずじまいだった。)
原付の免許だけは持っている。
風貌は、太った五十歳の無職といった感じ。実際に無職である。

失業手当は先週打ち切られ、貯金はこの抹茶味で尽きた。

人生最後のソフトクリームの、旨いこと旨いこと。
(同時に、全く味がしないことしないこと。)


詰み。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

叫び終えると、ソフトクリームの末尾のコーンをのどちんこへ投擲。私は、予(かね)てより足元に用意していた、ガソリン入りぞうさんじょうろ二千二十頭をまじまじと見詰めた。



爆散るを待つ象の羣餞に泪雨たる蝉時雨足る

ハゼチルヲマツゾウノムレハナムケニナミダアメタルセミシグレタル



伊良宿禰町雄(すけよしのすくねちょうゆう)

(爆ぜて散るのを待つ象の群れへの餞別として、蝉が時雨の様に鳴いていることだよ。この蝉時雨は泪雨さながらであることだなあ。そして、その鳴きっぷりは、充分に足りている餞別であることだよ。)



  **



十分後。

私の元・勤務先の倉庫は、鳴蜩の大合唱を掻き消してあまりある爆音に包まれ、跡形も無く吹き飛んだ。

原因は、不明とされている。分かりきったことなのに。
私の人生がこんな風になってしまった原因も、不明とされている。分かりきったことなのに。



  ***



「あまり、ふざけるなや。」
私の草稿を読み終えると伊崎はそう言い放ち、紙の束を机へ力無く置き、サイダーをぐびり。
「どうよ。タイトルは、「魔法少女に変身出来るおじさん」。素敵でしょ?」
私の問いに対し、伊崎は、
「あかんやろ。変身出来てないし……。」

「なにさー。アンタの小説よりはマシでしょうが。なーに? 〝乳首匍匐前進〟って。あと、〝陰核立て伏せ〟だっけ? SF官能小説とでも銘打つべきジャンルの怪文書を、郷土特集号で出すのは、流石に病(やまい)なのでは?」
私は口をへの字にしながら、併し、半笑いで伊崎へ反論した。

我が短大の女子ハンドボール部は平部員の私・南井(みなみい)、部長の伊崎(いざき)、幽霊部員の山見沢(やまみざわ)の三人(みたり)。壊滅しているのでハンドボールはやっていない。

筋トレと、毎月の部誌の発行が主な活動である。
今、クーラーの無い四畳半の部室にて、扇風機を回している。和室。

二人は、気絶しそうなほどだらだらしていた。私は卓袱台(ちゃぶだい)に突っ伏して、分度器を見詰めていた。伊崎もまた卓袱台に突っ伏して、小さな蜘蛛が網戸を逍遙している様を眺めていた。

こんこん、がちゃり!
「こんにちは。お久し振り!」
幽霊部員の山見沢である。幽霊部員と言っても、筋トレに対して幽霊部員であるのみで、その他の活動──クレープ会や水族館遠征等──に関しての参加率は120%である。時には、企画者でさえ、ある。

「あら山(やま)。今回こそは原稿落ちかと思っていた。」
「真逆(まさか)、莫迦(ばか)を云っちゃあいけない!」

山見沢は丁寧過ぎず乱雑過ぎぬ手付きで、二部、文机へ、綴じた原稿用紙の束を置いた。
一部につき、四百字詰め原稿用紙が四百枚前後ある様子である。

「はいよ。」

そうぽつりと呟き、山見沢は座り込み、這い、小さな冷蔵庫からオレンジジュースを取り出す。

私と伊崎は山見沢の文章を読み始めた。直ちに失禁した。名文が、過ぎる。抜けば玉散る氷の刃のような尖鋭なる美文が、四百掛ける四百なぞ所狭し、と言わん許(ばかり)に、舞い踊っているではないか!

「「 ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」」

私と伊崎は、服を全て脱いだ。



  ****



「おい!!!!! そこで何しとる!!!!!」
同い年ぐらいの──と言っても、私の方が遥かに年老いて見えるのだが──作業着姿の男が、そう叫びながら私を目掛けて走ってきた。

そして渠(かれ)は途中で立ち止まり、幽霊のうんち、或いは、うんちの幽霊でも見たかのような愕然とした顔で、尻餅をついた。

渠は正真正銘の同い年。元上司。仕事の出来る、管理職の人間だ。三児の、父だ。

私は、穏やかな口調で語った。
「ぞうさんじょうろに油性ペンで小説を書くのが趣味なんだ。」
「警察を呼ぶからな、このゴミ!」
「*から**までが現実で、*から***までが作中作「魔法少女に変身出来るおじさん」で、***から****までが、ぞうさんじょうろに今書いた内容だよ。尚、純粋に印から印までの間として、認識して呉(く)れないと不可(いけ)ないよ。例えば、*から***、と唱(うた)った場合、***の下の文章は、入っていないからね。おやおや、余計混乱させてしまったかね、この註釈。まあいいや。そうそう、本当は、*から****まで書こうと思ったんだけど、油性ペンが切れちゃいそうで、怖かったんだ。臆病だよね、ボクって。生涯を通して。」
「何ほざいてんだこの禿(はげ)。……おーい、みんなー!!!!! 来てくれー!!!!! 不審者だー!!!!! 敵だー!!!!!」
「言語活動を、しようよ。」
「誰かー!!!!! 来てくれー!!!!!」

本来勤務中である筈の人々が、非常事態ということで、続々と集まってきた。遠巻きに私と渠とを囲む。倉庫の日陰。そろそろ午后(ごご)四時だ。

「……うーわ……あれってもしかして伊良……?」
「……伊良のおじさん、辞めたんでしょ……? ……何でここに……?」
「……相変わらずキモいデブだね……。」
「……まだ生きてたの、あいつ……!?」
「……うーわ……見るだけで目が腐る……。」

蜩の合間に、野次馬達の合唱が聴こえる。

──そう、蜩(ひぐらし)。まだまだ陽も衰えておらず、暑いこと甚だしいのに、何時(いつ)しか鳴蜩(あぶらぜみ)は、蜩(ひぐらし)にバトンタッチをしていた。

深呼吸をして、渠(かれ)は、叫んだ。
「伊良町雄(いらまちお)!!!!!!!!!! 死ね!!!!!!!!!!」
私は、優しく、併し、素早く、黒の無地のタンクトップと黒の無地の半ズボンを、脱ぎ捨てた。

場は、阿鼻叫喚。
沓(くつ)一足を、片足ずつ、ミサイル宛(さなが)らの速度で渠の鼻へ〝撃った〟。両弾命中。
「ふあぎゃあああああ!!!!!!!!!!」
渠は──三児の父(自ら、いつもそれを錦の御旗宛(さなが)らに、〝威張り散らして〟いる。)は、仰向けに倒れた。

喧騒の中、私の陰茎は、唯一、私をして全裸ならず半裸たらしめている、魔法少女ものの(=魔法少女の絵が印刷されている)女児向けパンティーを、擡(もた)げた。



団旗揚げ。



勘違いなさるな、私は女児向けパンティーを穿いている変態ではない。ただ、陰茎に、女児向けパンティーを絡(から)げさせ、纏(まと)うておるだけだ。穿いてはいない。

黒光りする陰嚢が、日光を浴びて、いよいよ元気になってきた。


阿鼻叫喚。阿鼻叫喚。阿鼻叫喚。


起き上がった渠も、怒り狂って此方へ突進しようとするや否や、立ち竦(すく)んで了(しま)ったようだ。



私の、陰茎が、怖いか?


健常者。成功者。正社員。


三児の父。


お前、今から、死ぬんだよ。


バーカ。




「変身!」




私は射精し女児向けパンティーを飛ばした。銀の象の背にぽちゃり。白濁液もまた、ガソリン風呂でのんびりし始めた。精子がガソリンを泳いでいる。

二千二十頭、もとい、二千二十一頭の陰茎(ぞうさん)は、勃(いき)り起(た)った。屈強な正社員の若人が複数人、バール等を此方へ投げて来たが、遅い。私の右手は高性能なライターを着火させ、陰茎と共にガソリンの中にて泳ぐ魔法少女ものの女児向けパンティーと精子へ、〝こんにちは〟した。


十分後は、「じっぷんご」でも「じゅっぷんご」でもなく、「じゅうぶんのち」と読むのである。併し、〝じゅうぶん〟なんて、主観的なものだ。客観的な〝じゅうぶん〟なんて、あって堪(たま)るか。


集団よりも個人の方が時間に困っているように思っていたが、もしかすると、時間に困っているのは、個人ではなく集団の方なのかもしれない。
併し乍(なが)ら、私には、いくら個人を沢山集めても、集団になるとは思えないのだが……。

まあ、そんな形而(けいじ)の上のことは蝉達に任せて、我々は爆(は)ぜ散るとしますか!



焱(おちんちん)。




燃え盛る夏の陰茎甚熱く陽茎ならんペニスボンバー

モエサカルナツノインケイイトアツクヨウケイナランペニスボンバー



私は、安八町発足以来の大爆発の直前、人生で最大の声量を以て、叫(おら)んだ。

「**に続く!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





〈了〉


非おむろ「魔法少女に変身出来るおじさん」
(小説)2021/07/31

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