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「カエシテ」 第19話

   19

(嘘でしょ。福沢さんの死んだ原因が不可解だなんて)
 昼休みに入ったところで、トイレの個室にこもり項垂れている人間がいた。
 純だ。
 本来の彼女であれば、昼休みは由里と共に目を輝かせてランチに行くところだが、この日はとてもそんな気持ちにはなれなかった。食欲はなく、一人になりたい気持ちだった。
(どうしよう。本当にあの画像には人を死に追い詰める効果があるみたいだわ)
 薄汚れたトイレの個室で純は、ずっと同じ事を考えていた。内容は、例の画像に関してだ。
(こんな事が起こるのなら、あんなことしなければ良かったわ。そうすれば、私はこんな不安と闘わなくて済んだのに)
 後悔しながらも純は携帯に目を向けた。
 液晶には、一つの画像が表示された。
 ノートだ。
 紙面には、判読不能な文字が書き殴られている。これこそが、陣内が血眼になって探しているあの呪いの画像だった。編集部の人間には隠していたが、純はこの画像を保有していたのだ。
 純がこの画像を手にした時期は、福沢が不可解な死を遂げる一日前のことだった。その日は、週末で仕事は休みだったため、部屋でくつろいでいた。
 そこに携帯が着信を告げたのである。
 チェックしてみると、メールが届いていた。画像付きだ。
『月刊ホラー』で働いているだけあり、純は怖い話の類いは好きだった。仕事以外でもSNSを駆使して写真や情報を収集している。その際の連絡先として、メールアドレスを公開しているため、時折この手のメールが見ず知らずの人から届くことがある。人によっては危険と思われるかもしれないが、アドレスはフリーメールだ。万が一、おかしなメールが届いたとしても身元がばれることはない。まして、純は情報収集の際に男を装っているため、今までにおかしなメールが届いたことはなかった。
 現に、今回のメール本文には、面白い画像を見つけたと書き込まれている。
 純は疑うことなく画像を開いた。
 だが、そこから表示された画像はあの画像だったわけである。
 詳細は聞いていなかったが、一目見るなり純は察知した。画像と共にメールを即座に閉じた。その後は不安に襲われたが、どうせ都市伝説だと自分に言い聞かせた。
 しかし、翌日に出社すると福沢が不可解な死を遂げたと発表され、目の前は一気に真っ暗になった。状況に謎が多いことからも、あの画像が関連しているとしか思えなかった。
(もしこの画像を持っているとバレれば絶対にうちの会社の人は面白がるだろうし)
 脳裏に会社の人間の顔が浮かんできたことで更に気持ちは重くなる。社長の陣内は、会社の利益しか頭にない人間だ。もしも純がこの画像を保有していると知れば、密着させてくれと言いかねない。純からすれば、当然のことながらそんなことはご免だ。かと言って、他のスタッフも信用できない。加瀨は陣内の腰巾着のような存在だし、平子は加瀨の腰巾着だ。由里に関しても完全に信用することは出来ない。たまに、陣内をじっと見ている時があるからだ。もしかしたら、恋愛関係にあるのではと疑っているほどだ。
(いっそ、この画像を他の人に送りつけてやろうかしら。そうすれば、私だけではなくターゲットが分散されるかもしれないから)
 一瞬、そんな身勝手な考えも頭をよぎった。
(でも、そんなことは出来ないわよね。いくら何でも)
 だが、すぐに良識が働き是正した。
(もう、どうすればいいのよ。一体、誰なのよ。こんなものを私に送りつけてきた人は。このままじゃ私は、福沢さんの二の舞になってしまうかもしれないじゃない。冗談じゃないわよ)
 襲い掛かってくる恐怖に、純の目に涙が浮かぶ。
(もう嫌。こんな画像は削除しよう。こんな画像があるから私は悲観してしまうんだわ。削除してしまえば、少しは気が晴れるでしょう)
 必死に生き残る道を探し、純は画像を削除しに掛かった。日頃やっている作業のため、手慣れたものだ。慣れた調子で行っていく。
 しかし、画像が削除されることはなかった。確実に削除する手順を取ったにも拘わらず、画像フォルダに残っている。
(どうして。削除したのに、どうして画像が残っているの。おかしいじゃない)
 純は再度、画像を削除したがやはり消えてくれない。何度削除したところで、画像は携帯に残ったままだ。
(嘘でしょ。この画像は削除することが出来ないの。冗談じゃないわよ。まさか携帯から私のことを監視しているって事。もしそうだとしたら、私は逃げることが出来ないじゃない)
 画像が消えないことで純の目の前は真っ暗になった。外では、誰かが男子トイレに入ったらしく、ドアが開閉する音がしたが、全く気になっていない。
(いやっ、待って。携帯自体を変えてしまうのはどうかしら)
 が、なおも考えていると新しいアイデアが浮かんできた。
(そうよね。この携帯を手放してしまえば、画像は私の元から去るわけだものね。そうすればいいんだわ)
 途端に純は前向きになった。
一筋の光に導かれるように、すぐに行動に出た。トイレから出ると携帯ショップへ向かう。
 幸いにも、純の働いている会社は新宿にある。駅周辺には、携帯ショップは点在している。
 ランチを求めて賑わう街中を急ぎ足で歩いていくと、契約している携帯会社とは別のショップへと入った。
 そして、店内を見て回ると目に付いた携帯を手に取り新規で契約した。ただし、新しく設定するには時間が掛かるというので、一度会社に戻り帰りに受け取りに来ることにした。
(しょうがないわよね。これも、あの画像から逃げるためだから)
 自分を納得させると、純は一度会社に戻り午後の仕事をこなすと、帰りに再度ショップに足を運び新しい携帯を受け取った。その際、元の携帯はショップの方で処分してもらうことにした。
(これでもう安心ね。あの画像は向こうの携帯に入っているわけだから。私の元にはもうないからね)
 ショップを出ると、純は晴れ晴れとした気持ちになっていた。

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