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「悲哀の月」 第45話

 コロナ病棟は、忙しい日々を送っていた。
 まるで戦場だ。
 患者は次々と運ばれてくる。にも拘わらず、人手が足りていないため、病棟スタッフの疲労は限界に近付いていた。
「いつまでこの状況が続くのかしら。このままずっと続くなんてことになったら最悪よ。ゴールが一切、見えないんだから」
 医局にいる看護師は不満を口にしていた。口火を切ったのは、石田沙耶いしださやだ。やり甲斐を求めてコロナ病棟を志願したが、想像を超える激務に音を上げていた。
「そうよね。もしもこのペースが永遠に続くのであれば、とてもじゃないけど体が持たないわよね。周囲からも冷遇されるし。給料だって下がるし。良いことなんて一つもないわよ。こんなことなら来るんじゃなかったわ」
 正面に座る前田望まえだのぞみもクリップをいじりながら不満を口にしている。彼女も看護師としての責任感からコロナ病棟を志願したが、あまりの環境の悪さに心は折れていた。
「本当。新薬がどうのこうの言っているけどさ。出来るまで相当な時間が掛かるわけじゃない。国から承認してもらわなきゃ使用できないわけだから。それまでだって、何度も治験をするわけだし。そこでもし駄目になったらまた一からやり直しになるわけでしょ。いつになるかわかったものじゃないわよ。とてもじゃないけど待っていられないわよ」
「うん、さすがにそこまでは我慢できないわよね。今のままじゃやっているだけ損だもの。病院にいいように使われるだけよ」
「そうよね」
 二人がそう話しているそばでデスクの電話が鳴った。
「また新しい受け入れかしら。嫌ね」
 表情を曇らせながら望は受話器を取った。
 すると、予感は的中した。
 受け入れ要請だ。
 患者は二十代前半の女性で肺炎を起こしかけているという。
「申し訳ありません。当院では間もなく、年配の重傷患者を受け入れるんです。その方で空きのベッドが埋まってしまうので、今回は受け入れることは出来ません」
 パソコンのモニタを見ながら望は言った。今から十分ほど前に受け入れ要請があり、沙耶が許可を出していた。
「わかりました。それでは別の病院を探します」
 相手は納得し電話を切った。
「また受け入れかい」
 そこにタイミング良く来生が医局に入ってきた。
「はい、そうです。二十代前半の女性ということでした」
 望は答える。さすがにさっきまで不満をぶちまけていた空気はない。緊張感に包まれている。
「そうか。若い人であれば、重症化するケースは少ないからな。とりあえず今は高齢者だよ。高齢者を優先しよう」
 来生はデータを見ながら言った。
「わかりました」
 二人が頷いたところで、エレベーターの扉が開いた。
「来たみたいだ」
 来生はすぐに目を向けた。
 そこからは、ストレッチャーに乗せられた患者が運ばれてきた。
 三人の看護師が協力し、高齢者を病室へ運んでいった。


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