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#5 君の立脚点は

私はなんか、自分で言うのもなんだけど、純粋っていうか、鵜吞みにしちゃうんだよなあ。だから虚を突かれるというか、本質を突いた言葉が投げかけられると途端にやられてしまう。

1997.5 神奈川・藤沢
NikonF401/Konica infrared750nm

 午後3時過ぎ、大学の授業が終わった。今日は午後4時30分から演劇部の企画会議がある。部員全員が集まって、年度後半の公演について話し合いをすることになっている。まだ時間があるので、佐々木は大学の敷地の外に出た。気をまぎらわす人ごみも、ファストフード店やファミレスも大学の近くにはない。5分ほど歩いて、住宅街にある公園のベンチに腰を下ろした。

 梅雨入りも間近、ベンチの背もたれのすぐそばに、あじさいが大きな花を咲かせている。この花のように見えるのは、花びらではなく「がく」だというけれど、実態と本質が違うことはよくある。あじさいを見るとそれを思い出す。どこから見ても花じゃん。でも花じゃありませんよ。

 小学校1、2年生くらいの女の子が父親と遊んでいる。父親がこぶし大のゴムボールを空高く放り投げる。女の子が「すごいねーたかーい」と手放しでよろこぶ。落下点を毎回見誤っては、ポンポンとはずんでいくボールを追いかけていく。

「宇宙までとんでいったりするのかなー?」
「ボールじゃ難しいんじゃないの?ロケットとか」
「なんで?空の向こうは宇宙でしょ」
「重力があるからさ」
「重力って」

 はや2ヶ月間、自主練習に参加しているけれど、地面に寝転がったり、起き上がったりして、地球にとけたりふくらんだりする毎日だ。重力は確かにある。自分を支える足と地球、その接点から私は離れられない。ズブズブと地面に吸い込まれていくのを支えて何とか立っている。はだしの両足は、それぞれの指先とかかとが接地している。そうっとゆっくり歩いてみる。右足のかかとが離れ、指先で強く地面をつかんで、右側が完全に地面を離れると、もう一方の左足は指先を残してかかとだけが地面を離れる。すると右足の指先が着地点を探りながら地面をつかみ、続いてかかとが接地する。そして、今度は左足の指先が地面を離れる。

 自分の身体に鋭敏になること。それが直接的でないにしろ、客席に届く演技につながると、練習を仕切る深田先輩は言う。
 でもさ、このゆっくりのスローモーションを早送りしても、たぶん自然な歩き方にはならないと思うんだ。すべてを意識的にやることは普段の動作とは別もんじゃないかって。
 いやいやふつうにふるまうことが、自然な演技にはならないよね。脚本があって何らかの演出を加えていくとなれば、どんなに自然さを求められたとしても意識的にやらざるを得ないわけで。そんな自問自答のすえ、まずはいまの練習をやってみようと思っているわけ。

    10月に公演がある。スタッフで参加しようと思っていたけど役者で出る?ちょっと迷っている。みんなはいつも休まずに自主練習に参加している様子をみて、役者をやるつもりなんじゃないかと思っているみたいだ。でも、迷うな。
 
 企画会議が行われる教室に行くと、すでにたくさんの部員が集まっていた。ミヤちゃんを見つけて、隣の席に腰を下ろす。

「すごいねー。こんなにいるんだ。」
「部員、登録では70人くらいいるらしいよ。」
「ホント?」

 部長の原先輩が「始めます」と一言言って、会議がスタートした。「1997年度後期の企画会議をします。早速本題に入ります。今回の企画は2つ。10月の定例公演に和田くん、3月の定例公演に深田先輩」。
 3年生の和田先輩の企画は、会話劇のような内容だという。タイトルは「ラウド!」だけど静かな芝居なんだ、と落ち着いた口調で話す。音響は渋谷系の音楽を全編にわたって流したい。舞台は大学のキャンパスの部室。照明はシンプル。場面転換は基本なし。きれいな地明かりが欲しい。あたたかみのある空間にしたい。

 深田先輩の企画は、4年生が中心で卒業公演のような感じだという。内容は抽象的で、それぞれの役者が本を携えてやってきて、それぞれのモノローグから始まり、徐々にすれ違いの会話のようにかけあいが生まれてくる。そこにつながりつかんでいくのは観客なんだ。つくり手でなく、読み手にゆだねることをテクスト論といって、と話長い。確かに独り言の積み重ねの延長線上に会話があるというのは分かる気がするな。佐々木は妙に納得する。
    でも、これって、あてつけじゃないの?深田先輩の話は、ある意味ストレートな会話劇をつくろうとしている和田先輩に矛先が向いている気がする。それでも和田先輩は平然としている。「大人だなあ」と思う。私なら、この場にいるのがいたたまれなくなってしまうよ。和田先輩は「いろんな考え方があるでしょ」とさらっと言ってしまいそう。

 今回配られた企画と脚本に目を通す時間として、30分自由時間になる。ミヤちゃんから「外に出ようよ」と促される。企画はひとつの定例公演に複数出ていなければ、よほどでなければ通る。毎年やっている公演がなくなってしまっては困るから。だから今回の会議もある程度企画が通ることが前提で、どんな形で参加するかが次の関心事だ。ミヤちゃんは制作をやると話している。劇場や練習場所を手配したり、事務手続きを行う係だ。彼女のことをまだよく知らないけど、しっかりしてそうだし、向いてそうだなと思う。

「にしてもさあ」

 まわりを気にしながら、ミヤちゃんが話しかけてくる。

「深田先輩、話がだいたい一方的だから、そういう会話しかできないし、そんな企画しかできないんだって思った」
「えっ?ああ、ドキッとすること言うなあ」
「だってさあ」

 私はなんか、自分で言うのもなんだけど、純粋っていうか、鵜吞みにしちゃうんだよなあ。だから虚を突かれるというか、本質を突いた言葉が投げかけられると途端にやられてしまう。

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1997.5 神奈川・藤沢
NikonF401/Konica infrared750nm

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