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日本とベトナム、「やさしさ」の種類の違い

 日本のやさしさは「先回り」と「平等」のやさしさだ。一方で、ベトナムは「柔軟性」と「瞬発力」のやさしさだと思う。ベトナムから日本に帰って来たばかりの頃は、「なんて冷たい国なんだ」と逆カルチャーショックを受けることがあったが、改めて1年暮らしてみて2つの国のやさしさにはそれぞれの良さがあると思うようになった。
 日本に帰って来て、まず空港のトイレ内にある注意書きの多さに驚いた。ドアの開閉方向を示す矢印マーク、「トイレットペーパー以外は捨てないでください」の貼り紙、「便座に立たないでください」という使い方の紙、「荷物の置き忘れはないですか?」と呼びかける紙、その他諸々…。そのおかげか日本のトイレは綺麗なことで有名だ。日本のやさしさは「先回り」のやさしさである。相手の行動を予測して、提供できるオプションや逆にやめて欲しいことを先に示してくれる。こちらもその前提に則りルールに従って行動する。お互いに無用な軋轢を避けることができる。
 ベトナムではレストランに行くと、メニューには無い定食の組み合わせやピザのトッピングなど食材がある限り対応してくれることが多い。その場合、価格は適宜決められて払う。もちろん法外な値段ではなく、出された料理に見合う妥当な金額を。この国では全体の効率よりも少しだけ個人の事情を汲み取ってくれる柔軟性がある。その温かさに心が救われることが何度もあった。
 逆に自分が個人の事情を汲む番になる事もある。飛行機の座席で後ろから肩をトントンと叩かれて、「あなたの隣に座ってるのが旦那なんだけど、私と席を代わってくれない?」と言われたことがある。また、かなり高齢な女性が「飛行機に乗るのは初めてなの!」と言いながら、窓側に座る私の目の前まで携帯のカメラを差し込んで撮影するものだから席を交代してあげたこともある。お互いにちょっとだけ譲ったり譲られたりしながら、コミュニケーションの中でやさしさが生まれていく。事前に全て張り紙をしておいて、ルールを守らない人を白い眼で見るということはない。
 常に心が「ON」の状態になっていて、状況に応じて心を遣っていく。それがベトナム全体に流れる雰囲気だった。日本では「OFF」の状態で外に出ても生活が成り立つ。並んでいれば自分の順番が来るし、張り紙を読んでその通りに行動していれば誰とも話さずに過ごせる。
 順番待ちといえば、ベトナムで面白い体験がある。コロナのワクチンがベトナムにも入って来た頃で、住んでいる地区の集会所のような所で接種できることになった。着いてからの案内はすべてベトナム語で、10:00に接種開始する事だけが分かった。日本人的感覚で「来た順」で並んで、何となく不安に思いながら開始を待っていた。10:00ちょっと過ぎに係の人が来て接種する診察室の扉を開けた。その瞬間ザッと人が入り口に押し寄せた。さっきまでの「来た順」なんてどこにも無い。「押し寄せた順」だ。次の瞬間もっと面白いことが起こった。押し寄せた人の中から、係でも何でも無いおばちゃんが前に出て来て「並べーー!!!!!」と叫び、何となく全員が整列したのだ。何だこのパワー!そして瞬発力は。ここには日本の順番待ちのような平等はない。でも、自ら立ち上がって人を整理しようとする人がいる。この国の人たちの心は活きている。

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