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JAMCAFE

ごくごくと水を飲むと、最後に鼻からレモンの香りが抜けていく。

たまごのスープからは、わずかにミルクのような優しい匂いがして、思わずほっとひと息つく。

サラダにかけられたドレッシングの量は、多過ぎず、少な過ぎずの絶妙な塩梅で、野菜の味が最大限に活かされている。

じゃがいもって、こんなに美味しかったんだ。ほくほくとした食感の後から、柔らかな甘さと温かさか口いっぱいに広がってきたので、静かに目を丸める。

にんじんは少し苦手だと思っていたのに、全然アクがなくて、驚くほどに食べやすい。無意識にぱくぱくと口へ運び続けてしまう。

ローストビーフの下に添えられているソースは、赤ワイン仕立てかな。お肉に赤ワインを合わせたいという気持ちがありながら、グラス一杯の赤ワインも飲み干せない私でも、このマリアージュを愉しむことができるなんて...とても有り難い。

ごはんにかけられた黒胡椒も、主役の味を殺さない。名脇役のような香りづけをしている。

どれをとっても、バランスが良い。足してかけるだけの料理ではなく、素材の味が活きるような絶妙なかけひきがされている。どんどん皿が白くなってゆくのを勿体ないと思いながらも、感動を覚えてしまえば、箸も口も止まることを知らない。ずっとこの幸せを噛みしめていられたらいいのに。

映画のクライマックスも脚本で作られているように、美味しさの理由は緻密に計算されて設計されたレシピのなかにあるのだろうと思った。このレシピに辿り着くまでに、一体どれだけのじゃがいもと、にんじんと、黒胡椒たちと向き合ってきたのだろう。クックパッドのレシピを見ながら料理を作ることさえ億劫な自分には、想像もつかない努力と忍耐がそこにある気がする。

お皿を下げてもらう時に、勇気を振り絞ってひとこと「美味しかったです」と伝えると、「恐縮です」とひとこと返ってくる。どうしたら、努力して作った料理を自信をもって提供しながら、自己陶酔することなく謙虚に研鑽を続けられるのだろう、と不思議に思う。私は努力をすると驕りが出てくる弱い人間なので、謙虚でいるためにはある程度の怠惰と自己嫌悪が必要になる。怠惰な料理は結局味に出てしまうから、私は自分の料理が好きになれない。

お会計の時に、レジにあったレシピブックを見つけて、なんとなく買ってみた。私ももう少し真摯に料理と向き合ったら、いつかこんなふうに人を悦ばせることが出来るだろうか。私の怠惰を踏まえてそこまでの道のりを思うと、気が遠くなりそうではあるが。願はくは、この一冊がはじめの一歩にならんことを。


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