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【1話1000字小説】「結局たすきは振り回される」第1話

「吹部辞めます」
 音楽室に響き渡る声で、阿佐瑞歩あさみずほは唐突に叫んだ。
 吹奏楽部の部活中に、である。
 楽器の準備などをしていた部員の視線が瑞歩に集まる。

 ———はぁぁぁ?

 隣にいた私、沼上翼希ぬまかみたすきは目が飛び出るくらい瑞歩をガン見して、心で奇声を発した。
 瑞歩はいつもそうだ。
 急に思いついたかのように言葉を発し、それを実行する。
 それがまさか、ここで出現するとは思いもよらなかったが。

 瑞歩との関係は、小学生の時に『お母さんが学生時代やっていたから』という理由で入れられたソフトテニスのスポ少で始まった。
 初めはいやいや通っていたが、やっと楽しく感じるようになってきた頃、瑞歩が入団してきて私とペアを組むことになった。
 その時から、瑞歩は普段でも私をパートナーとして扱い、様々なことに誘ってくるようになった。

 しかし瑞歩の発想は本来の小学生とは少し違っていた。
 普通友達と遊ぶときは、ゲームをしたり、おしゃべりをしたり、ネットで動画を見たりする。
 だが、初めて瑞歩の家に遊びに行ったときは衝撃だった。
 瑞歩はいきなり音楽プレイヤーをスピーカーにつなげて、
「シャトルランしよう」
と言い出した。やる気満々だったのか、庭にはあらかじめ20mの線が引いてあった。
 毎回、瑞歩の家に行くと、なぜかいつもシャトルランが待っていた。

 ショッピングモールに買い物に行ったときもそうだ。
 『値引き調査探検隊』と書いてあるノートを渡され、食料品コーナーの値引き品をチェックさせられた。
 店の人に聞かれると瑞歩は、
「社会の自由研究で使いたい」
と言っていたが、実際に自由研究で使ったことはなかった。
 何のための調査だったのか、未だに謎である。

 中学に入学した時も驚きだった。
 小学生のときに私たちペアはソフトテニスで県3位になり、先輩たちからも期待されていたのに入学したら突然、
「吹奏楽部に入る」
と言って、躊躇なく実行した。リコーダー以外の楽器に触れたこともなかったくせに。
 私はピアノを習っていたので楽譜は読めた。
「翼希、楽譜の読み方教えて」
 瑞歩にそう言われて教えているうちに、いつの間にか私も吹奏楽部に引きずり込まれていた。

 だが、吹奏楽の楽器は私も初心者である。
 器用ではない私は、苦労してやっとの思いでみんなの練習について行っていた。
 それなのに瑞歩はメキメキ上達して、3年生の時にはトランペットでソロコンテストに出場し、県で金賞を取るほどの腕前になっていた。ちなみに私はそこまでの成長はなかった。
 高校でも吹奏楽部に仮入部をして、このまま続けるのだろう、と思っていた矢先だった。

「辞めるための手続きはありますか」
 瑞歩は無表情で顧問の先生の傍に立った。
「え……。か……仮入部期間だし、何も手続きはないよ」
 先生は瑞歩の静かな圧力にたじろいでいるようにさえ見えた。
 周囲がザワザワしている。
「でも、あなたは優秀なトランペッターだし残念ね」
 惜しむように顧問の先生が眉をしかめる。
 しかし瑞歩の心には届いていないのか、平然とした表情だった。
「では、失礼します」
 先生にお辞儀すると、瑞歩は「行くよ」と私の手を引っ張った。

 ———え? 私もなの?

 慌ててお辞儀をして、私は瑞歩と共に音楽室を後にした。


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