小説【再会(4)】 夢を求めて
(4)夢を求めて
学生時代、教員をめざしていたが、心の奥には作家になりたいという思いがあった。それは川の流れに任せ、風に揺られ、流れる方向が定まらない笹舟のようであった。その時々で将来の目標が変わり、しっかりとした意思が持てていなかった。大学生になっても自分探しをしている自分は恥ずかしく、仲間にも相談していなかった。ただ、亜紀には迷っている将来のことを伝えていた。
地元の両親は、公務員になって欲しいと無言のメッセージを常に伝えてきていた。地元の役場の職員になるか教員になって欲しいという希望があったのだ。
地元の教員採用試験に落ち、翌年も教員採用試験を受けようという気持ちにはならなかった。しかも、就職年度の役場の採用募集はなかったのだ。
僕は秋田に戻り、実家で本屋を経営している病気がちな父の手伝いを始めた。最初は「来年はどうするんだ?」と母がよく声をかけていたが、それも半年をすぎる頃から全く言わなくなった。それどころか一人っ子である僕が地元に戻ったことで父も母も安心し、喜んでいるようにさえ見えた。でも、僕の気持ちは自分の進むべき道が決まらず、悶々としていた。
父が経営している本屋といっても、大きな書店とは違い、店内は狭い通路の両脇に本が並んでいるという木造の小さな本屋だ。店頭には、雑誌が並べられ、その雑誌たちが「ここは本屋です」と道を歩く人に知らせている。八百屋の元気な掛け声のある店頭とは違い、静かでほとんどの人は立ち止まらない。
僕の仕事はレジのところで万引き防止をしながら一日中、座っているのだ。父はここに座っていつも何を考え、何をしていたのだろうかと不思議に思った。あまりにも退屈なので僕の座っている場所から見える所にテレビを置いた。それも一ヶ月ほどすると、毎日、同じ時間に同じ番組を見ていた。ここに座っていながらも世の中のことはテレビを通じてよくわかるが、いつもほとんど変わらぬ話題にテレビを見るのも飽きてきた。
店に並んでいる本を読み始めた。お金もかからず、好きな本をいくらでも読める。こんな贅沢なことはない。お客が来ていることにさえ気づかぬほど、本の中に自分が入り込み、物語の主人公になっていることもあった。
どんなジャンルの本も読むことができた。書棚の低いところに置いてある絵本や童話などの児童書から上段に置いてある哲学書まで、今まで気づかなかった本までも、店の中にはあった。そのすべてがいつでも読めるのだ。
ある日、一人の作家の本を読み始めた。いつものように僕はその本の中で主人公となっていた。しばらくは同じ作家の本を読み続けた。ある時から、読んでいる本の内容ではなく、その作家の人生観を知りたくなってきた。いや、知り始めたのかもしれない。同じ作家の本には、共通点があることに気がつきだしたのだ。それは作家の人生経験が本の中で様々な形で表現されているのだ。
作家の姿が文字になって本の中で踊り、歌い、語り、そして本を通じて読者にメッセージを送っているだと感じた。新たな本の読み方が始まった。他の作家の本も作家ごとに読み漁った。その人の人生経験、生活環境、時代背景や心情の変化などがますます気になった。
何人もの作家の本を作家ごとに読み漁っているうちに、作家になろうと考えていた学生時代の自分が、心の中に現れてきた。
上流から流れてきた笹舟は、少し時間はかかったが、教員か作家かという分岐点を作家の方へと流れ始めたのだ。
もっと本を読み、もっと人間力をつけ、いろいろな人生経験をし、作家を目指したい、という思いは、川の流れに身をまかせていた笹舟から小舟になり、そして大きな川を渡るエンジンを付きの船になっていた。
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