どんな思いをもって作っているのかを知ることで感じた料理人の責任
2月20日の朝7時、日曜は定休日のはずの乃木坂しんに、料理長の石田伸二と厨房スタッフの小林拓哉、河村勇作、中村翔太、山口明華が集まっていました。
この日は、定休日を利用して厨房スタッフがそろって茨城県の生産者さんを1日かけてまわる日。集合した5人(+取材の筆者)は、さっそく石田料理長の車に乗り込んで茨城県を目指します。
石田料理長は、頻繁に週末を利用して日本各地の産地をまわっていますが、今回のように厨房スタッフ全員を連れて産地をまわるのは初めてのことです。
「ずっと連れていきたいと思っていましたが、遠方なことが多くなかなか実現しませんでした。今回、noteを書いてもらっている江六前さん(筆者)の縁もあって、都内から近い茨城県の産地を紹介してもらえたので、それなら全員で行こうと思ったんです」(石田)
自然薯|古河市「荒井農産」
東北自動車道の古河I.C.を降りて30分ほど一般道を東へ。最初に訪れたのは、古河市で自然薯を専門で育てている「荒井農産」です。代表の荒井好夫さんから自然薯の栽培方法を教えてもらいます。
もともと大工だった荒井さんは、趣味で自然薯堀りをしていたそうです。2000年から自然薯専門農家に転身、ゼロから畑を作り始めました。
自然薯は種芋選びがのちの品質に影響することや、長さ約2m、直径約20㎝程の半割にした筒を重ねたなかで育てることでまっすぐ伸びた姿になることなどを知ることができました。
栽培にあたっては有機質肥料を使用し、化学肥料の使用量は茨城県栽培基準の1/2に減らしており、病害虫は適期に防除を行うようにし、農薬の使用回数を茨城県栽培基準の1/2に減らしているそうです。
荒井さんの説明のあとは、実際に自然薯の試食をさせてもらいます。すりおろした荒井さんの自然薯はものすごい粘りがあるので、取り分ける際は、はさみでチョキンと切ります。
粘りの強さと香りの良さは、産地ならではの味。厨房スタッフたちも、あまりの粘り強さに驚いていました。
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有機栽培の野菜|つくば市「石田農園」
続いて、筑波山方面に向かい有機栽培(有機JAS認証)で育てられた野菜やベビーリーフ(野菜の幼葉)を作るつくば市の「石田農園」さんに向かいます。代表の石田真也さんは、土壌医の資格を持ち県内でも有数の「土づくりの匠」として知られています。
ニンジンの収穫の終わりとタマネギの栽培の始まりという時期で、畑は2つの野菜の入れ替わりの最中でした。
ハウス内では、ホウレンソウ、アカカラシナ、ミズナ、コマツナ、レッドマスタードといった野菜の新芽が色鮮やかに芽吹いています。
「化学肥料や化学合成農薬を使っていませんから、そのままつまんで食べちゃってください」という石田さん。さっそくひとつ一つの葉を摘んで口に運ぶと、それぞれの野菜がもつ香りや甘味やうま味、酸味、苦味までも感じられます。
「土が野菜を作る」という先代の哲学を変えることなく、牛フン堆肥やボカシ肥料(有機肥料を合わせた混合肥料)を自分たちで作りながら、土づくりを続けているといいます。
「たい肥に対しての考え方や、カルシウムの考え方などをお聞きしたうえで『土が調味料になる』という石田さんの説明は、料理人の僕にとってはとても腑に落ちたものでした。ここまできちんと土に対しての考え方を話していただき、さらに僕自身も理解することができたのは初めての経験です。また違った季節にうかがわせていただいて、勉強させてもらいたいです」(石田)
畑から戻ると、掘ったばかりのニンジンの試食を石田さんが用意してくれていました。しかも、搾りたてのニンジンのジュースまで。このニンジンジュースが、とてもおいしい。ひと口したとたん、石田をはじめ全員の顔が笑顔に変わっていきます。この笑顔が、石田さんのニンジンのおいしさを物語っています。
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木桶醤油|土浦市「柴沼醤油醸造」
日本で2番目に大きな湖である霞ケ浦の近く、土浦市の「柴沼醤油醸造」創業は江戸時代前期の1688年(元禄元)、2022年で334年という老舗の醤油メーカーです。案内をしてくださったのは、柴沼家17代当主(!)の柴沼和廣さんです。
江戸時代から土浦は関東有数の醤油醸造の地で、最盛期には醤油蔵が19軒もあったそうです。江戸時代中頃からは、土浦で醸造した醤油に「亀甲大」のマークをつけ販売されるようになると、土浦の醤油は江戸でも知られるようになりました。
醤油のことを|御下地《おしたじ》とよぶのは、茨城県の旧国名、常陸国で生産された醤油の評判がよかったことから「お常陸」と呼ばれるようになり、それが転化したものだともいいます。
柴沼醤油醸造の見どころは、なんといっても吉野杉と真竹を使って職人によって組み立てた60石(10,000ℓ)もの大きな木桶が並ぶ蔵です。醤油の素である諸味をこの木桶で発酵させながら作っていきます。
諸味期間は、出汁を加えた加工醤油の「紫峰しょうゆ」で6カ月、丸大豆しょうゆの「お常陸」は1年かけてじっくりと熟成させる。
柴沼醤油醸造のプレミアムライン「お常陸」は、茨城県産の大豆と小麦のみを原料として、現存する明治初期の諸味蔵「大新蔵」の木桶で作られるといいます。仕込み塩の「伯方の塩」以外は何も加えず、非加熱殺菌。セラミック濾過による除菌処理や無菌充填などの新技術を駆使しており、古式とテクノロジーが融合したハイブリッドな醤油です。
日本古来の木桶による醤油醸造の蔵を見学する貴重な機会になりました。
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イチゴ|鉾田市「村田農園」
最後に訪れたのは、茨城県の南東部、フルーツの街・鉾田市でイチゴを栽培する「村田農園」に向かいます。代表の村田和寿さんの案内でイチゴを栽培するハウスを見学させてもらいます。
水はけがより土壌で、年間の平均気温は15℃、朝夕の寒暖差がある鉾田の地で試行錯誤をしながら栽培方法を確立した村田さんのイチゴは、都内の有名な果物店やホテルなどでも使われる、茨城県を代表するイチゴ農家の一人です。
自社開発のたい肥をもとにした土づくりやイチゴの苗の選抜などさまざまな取り組みをするほか、ハウス内の二酸化炭素(CO₂)量をコントロールして光合成を促したり、かん水キューブを使って魚粉や昆布、コラーゲンなどを溶かした水溶液を散布したりと、イチゴの生育環境を整える取り組みの数々を学びます。
さらにハウスの見学のあとは、事務所にあげていただき採りたてのイチゴや、園内にある直売所で販売されているイチゴシェイクなどを試食させてもらいました。
試食をしながら村田さんは、お客様に向き合ったイチゴ園としての思いを話してくれました。
村田農園のイチゴは、品種としては「とちおとめ」や「やよいひめ」ですが、常連のお客様からは「村田さん家のいちご」という愛称で親しまれているそうです。それは、自分たちで名前を付けたのではなくお客様たちが自然と「村田さん家のいちご」と呼ぶようになったことがきっかけです。
そんな経験もあって村田さんは、お客様の声をとても大切にしています。それは、事務所で見せてもらったお客様から送られてきたメッセージカードが保管されたファイルからも伝わること。そのファイルを村田さんは、スタッフがいつでも読み返せるようにして、お客様に支えられてイチゴを作り続けていられることを忘れないようにしているといいます。
石田料理長は、この事務所で聞いた「お客様に向けてのものを作る」ということに、とても感銘を受けたそうです。
「カウンターに立ってお客様に向かってお料理をお作りしているので、『お客様に向けて作っている』ということの大事さを実感しています。スタッフは、どうしても作業になりがちなので、仕込みの時から『お客様に食べていただくためにひとつ一つの仕事をしなさい』と話しています。まさに同じことを村田さんは、おっしゃっていたので、みんなも何かを感じてもらえればいいなと思いました」(石田)
村田さんの話のなかで、直売所スタッフがお客様に寄り添いながらイチゴを販売していると「私は、あなたがいるからここでイチゴを買っているのよ」という言葉をかけてもらったというエピソードがありました。この話を聞いて、自分事に感じたというのは、厨房スタッフの小林です。
「今は、大将(石田)がカウンターに立ってこそ『乃木坂しん』ですが、しっかり仕事をして僕も自分らしさを出すことができたときに『河村がいるから乃木坂しんに来てる』といってもらえるようになりたいです。もちろんまだまだ、実力不足ですが、これからの目標にしたいです」(河村)
村田さんの創意工夫にあふれたイチゴの栽培方法とともに、同じ食に携わる人としての心構えや、お客様に商品を売るという食の商売の本質を学ぶ貴重な機会になったようです。
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旅の経験をしっかりと日々の営業に活かしていく
「これまで何度も産地に行きましたが、一番良かったと思います。みなさん真っ当なことを真っ当にやっていることを感じました。石田さんのところでも感じたのですが、畑仕事や醤油造りをしたことがない僕でも、みなさんの説明が疑問なく入ってくるんです。それは、すべてが意図を持ってやっていて、それを理解し、理解させる言葉を選んで伝えてくれる。それは、とても素晴らしいことだと思いました」(石田)
産地の生産者さんたちに直接会って話を聞ける機会が初めてだったスタッフの面々も、それぞれ感じることが多かったといいます。
「産地に行くのは初めてでした。食材がどう作られているかのか知ることができてよかったです」(山口)
「どんな思いをもって作っているかを知って、それを扱う自分たちの責任を強く感じました」(中村)
「ニンジンについて、これほどまでに理解して説明できる石田さんの姿を見させていただいて、振り返って自分自身が日々している仕事や触っている食材の説明ができるかということを自問しました。自分も、今日お会いしたみなさんのような追求を料理に対してしていきたいと思いました」(小林)
今回の産地見学では、厨房スタッフ全員に見学を通して感じたことをレポートにまとめて提出をすることにもしました。改めて振り返り、自分の言葉でまとめる。それによってさらに、見学の経験が仕事に生きてくるというのが石田料理長の考えです。
こうして、定休日を利用した茨城県の産地見学の旅は、終わりました。
普段は厨房の中で仕事をしているメンバーが全員そろって同じ場所を巡ったことは、チーム力を上げることや、それぞれの人間がどんなことを感じるかをまじかで見ることができることもあって、組織として大きな意味がある旅だったのではないでしょうか。
この経験が、これからの乃木坂しんにしっかりと活かして、お客様に料理を通してお伝えできるように励んでいきます。
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謝辞
今回の見学は、茨城県営業戦略部東京渉外局県産品販売促進チームの澤幡博子さんに、生産者さんの紹介からアポイント、1日で効率よくまわれるような行程設計までをしていただき、当日も全行程同行していただきました。
また、茨城県水戸市の出身で、食いしん坊ディレクターとしてnote「【茨城県公式】シェフと茨城」など運営している藤田愛さんにも全行程帯同してくださり、生産者さんに産地の情報を適宜教えてくださったこともあり、とても実りの多い旅になりました。
この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。
茨城県では都心からの近さを利用して、こうしたシェフや料理人の産地視察のサポートをしてくれています。普段の営業があると、なかなか産地をめぐる計画を立てるのは大変です。
そういった部分を無料でサポートいただけるのは、とてもありがたいので、産地をめぐりを希望されている飲食店の皆さんは利用してみてるのも良いかもしれません。
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取材・文・撮影=江六前一郎
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