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弥生の献立|「地味かも」と思ってやらなかった料理をためらわず出せるようになった

3月ももう半ばとなり、春らしい暖かい日が増えてまいりました。自宅から店まで、自転車で通勤していると、季節の移り変わりもよくわかります。先日は、朝から天気が良かったので上着を脱いで自転車を走らせてまいりました。これからどんどん暖かくなっていきますね、春はもうすぐそこまで来ています。

如月(2月)の献立から少しずつ春の食材が増えていましたが、弥生(3月)の献立でもまたぐっと春を表した内容になっています。この時期しか感じられない春の息吹をお料理のなかで感じていただければ幸いです。

茶懐石を意識した弥生の献立

3月25日(金)から28日(月)まで、10回目になる器の会を行います。記念すべき10回目は、滋賀県甲賀市の信楽で作陶されている杉本玄覚貞光先生に参加していただきます。

茶陶の第一人者といって過言ではない杉本先生の器に、料理を盛り付けようと思うと、やはり伝統的な茶懐石を意識してしまうもの。2月に杉本先生の工房にお伺いしていらい、僕の頭のなかにずっと茶懐石のことが残っていたように思います。

そんなこともあってか、弥生の献立には普段の乃木坂しんではやらないような茶懐石のお料理がもとになった品がいくつか現れてきているのは、自分でもおもしろいなと思っています。

杉本先生との器の会は、もう少しお席がありますので、ご希望の方は当店までご連絡くださいませ(☎︎03-6721-0086)。

冬を越えてようやく訪れた春を存分に感じていただこうと厳選した食材を使ったお料理とともに、2022年3月しか味わえない「一期一会の献立」をお楽しみください。

弥生(3月)のおまかせコース(22,000円)を紹介します。

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先附|雪割り菜花 セリ

最初のひと品である「雪割り菜花」は、セリと菜の花のお浸しの上に、すりおろした長芋をかける料理で、雪の下から芽を出そうとする春野菜の姿を映した盛り付けで、春の訪れを料理でお伝えしています。

長芋と菜の花、セリの3つの食材だけの料理で、とてもシンプルだからこそ、しっかりそれぞれの食材の味が伝わるようにしないと、春の風景を模しただけの料理になってしまいます。

そこで菜の花はゆでた後、福井県産の地辛子を溶いたお出汁にくぐらせています。岩手県の大久保農園さんの長芋は、粗くすりおろしたあとに塩を加えて味を整えています。

大した仕事ではないと思われるかもしれませんが、出汁と地辛子、塩の塩梅によって2つの食材の良さを引き出すだけでなく、3つの素材をあわせて食べたときのおいしさも作らなければいけませんので、バランスにとても気を使っております。

これまで「あまりに地味ではないか」という思いがあって、乃木坂しんではお出ししてきませんでしたが、こういったお料理を出しても楽しんでいただけるのではないかと思うようになったのは、多少自分のなかに日本料理を伝える想いのようなものが生まれてきたからなのかもしれません。

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前菜|車海老と春野菜の和え物 酢橘醤油

殻ごと素揚げにした車海老を、揚げ終わったら殻を外し、コゴミ、タラの芽、うるい、黄ニラ、こしあぶら、筍といった春の野菜のお浸しと一緒に酢橘醤油で和えてお味を整えたお料理です。

食べ応えがあるように大きめに切った車海老のおいしさはもちろん、春の野菜に含まれる独特の苦みの成分「植物性アルカロイド」が体内の老廃物を洗い流すデトックス効果があるともいわれております。たっぷりともりつけてありますので、春を感じながら召し上がってみてください。

試作では、野菜をお浸しだけでなく、素材によっては揚げたり、焼いたりしてみたのですが、なかなかしっくりとはこず。お浸しやお出汁で煮た方が、おいしく食べられたので、このような仕立てに落ち着いております。

なお、素揚げにした際の車海老の頭も一緒にお出ししますので、あわせてお召し上がりください。

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椀物|焼き蛤椀 筍 独活 木の芽

弥生の献立は、上巳じょうしの節句(桃の節句)にちなんで蛤のお椀をお出ししています。しっかりと濃厚な蛤のお出汁と、筍と独活うどの軽やかな触感と香り、ほんのかすかな苦味があいまって、春らしいひと品になっています。

毎年、3月には蛤椀をお出ししてきましたが、昨年大きく作り方を変えております。お客様からは、とても良い評価をいただきましたので、今年もその作り方でお出ししています。

一般的な蛤椀は、お酒と昆布を加えたお水で煮て蛤のお出汁をとり、それをお椀に仕立てます。しかし、お出汁をとった蛤は、どうしてもうま味ができってしまって、本来のおいしさがなくなってしまいます。

そこで昨年から、これまで通り、蛤でお出汁をとるのですが、それとは別に椀種として焼き蛤を作って盛り込んでいます。

思い切って変えたおかげでハマグリのお出汁もおいしいだけでなく、椀種の蛤も食べた瞬間に口いっぱいにおいしさが広がり、より旬の蛤の味わいの強さを感じていただけるようになりました。

この主張が強い蛤に負けない食材として筍、さらに苦味が貝類のうま味と相性がいい独活、木の芽をアクセントに添えています。

ちなみに、お出汁でとった蛤の方は、佃煮にしてお弁当の一品としてお入れしたりして、無駄なくお料理に使っております。

(参考)2021年、弥生の献立の焼蛤椀。

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造り|甘鯛昆布〆 お向酢 山葵

甘鯛の昆布〆は、こちらも乃木坂しんでは初めてになるお向酢むこうずで召し上がっていただきます。

京都では「ぐじ」と呼ばれる甘鯛を昆布〆にしてへぎ造りにし、煮切ったお酒、醤油、純米酢、レモン果汁で作ったお向酢をたっぷりとまわしかけたあと、薄く切った聖護院蕪(聖護院大根)で覆い隠します。寒い朝に見る薄氷に見立てた仕立てです。

お茶席で出す懐石料理では、最初に向附むこうづけといって、魚や野菜の酢の物をお出しします。このお料理は、その向附からの発想で、杉本先生との器の会のお料理を考えるなかで生まれたひと皿です。

昆布〆は、あくまで甘鯛の風味を損なわないように短い時間で。乾燥したままの昆布をお酒で拭いて使うやりかたもありますが、僕の場合は、昆布を酒で戻してから使うことで、昆布の香りというよりもうま味を甘鯛に移すようにしています。

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炙り|初鰹のタタキ 胡麻ポン酢

藁で焼いた初ガツオをしっかりとした厚さで切って、胡麻ポン酢をかけてあります。初鰹は脂が少ないので、召し上がった方のなかには、赤身のお肉のような印象を持たれるかもしれません。

大根、胡瓜、芽ネギ、スプラウト、茗荷、紫芽むらめ(赤紫蘇の芽)のツマとあわせてお召し上がりください。

南洋諸島で産卵を終えた鰹は、春になるとエサを求めて北上してきます。初鰹は、そうした時期のものですので、エサをたっぷりと食べた秋の鰹とはちがって脂肪が少なくしまった印象があります。

鰹独特の鉄分の香りもありますし、酸味も強い。脂がのった秋の戻り鰹もおいしいですが、こちらもまた別のおいしさがあると思います。

皮目に脂がのっている鰹は、皮目をしっかり藁焼きにしてしっかりうま味を敷きだすと同時に藁の燻した香りをつけることで、独特な鉄分の香りを中和させます。

お腹の方はさっと香りをまとわせる程度に燻したら、鹿児島県の喜界島産の胡麻のペーストを出汁とポン酢で伸ばした胡麻ポン酢をかけてお出しします。

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凌ぎ|空豆豆腐 新玉葱のすり流し

空豆の葛豆腐に新玉葱のすり流しというシンプルな仕立てのお料理です。じつは、このお料理が今月もっとも苦労しました。空豆と水、塩、くず粉だけで作った空豆豆腐に対してあわせる新玉葱のすり流しが、なかなか決まらなかったのです。試行錯誤の末の自信作を、ぜひお召し上がりください。

当初は蒸した玉葱をすり流しにしていました。これもこれでおいしいのですが、どうしても玉葱のおいしさが強くて、空豆豆腐の存在が消されてしまうんです。

空豆と玉葱というシンプルな食材の組み合わせだからこそ、両方の良さをひと皿で表現したいと思っていますので、何か方法がないかと試行錯誤したところ、新玉葱を出汁で炊いてからすり流しにすると玉葱らしさは残しながらも余韻がすっと消えていくようなものになりました。

食べていただくとおわかりになると思うのですが、新玉葱のすり流しの風味のあとに、空豆豆腐のコクと風味が入れ替わるようにやってくるような構成になっていると思います。

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八寸|油目木の炭火焼き
ホタルイカ辛子酢味噌 唐墨卵黄
芽キャベツ酢漬け 大徳寺麩白和へ

乃木坂しんの味をいろいろ楽しんでほしい」というのが私たちの八寸の考え方です。そのため、少しずつ盛り付けたお料理を食べながら、お酒が好きな方でしたら、お酒をもう1杯飲んでいただけるような内容を目指しています。

今月のメインは油目あいなめの炭火焼きです。仕上げに行者ニンニクの醤油を刷毛で塗ってからお出ししています。乃木坂しんでは、ニンニクをほとんど使わないのですが、こういった仕立てで使うのは、全体の流れのなかでもアクセントになって面白いかなと思っています。

小さな球体の唐墨卵黄は、醤油漬けにした卵黄に唐墨を加えたうま味と塩味がしっかりと詰まったもの。いわゆる"珍味"ですので、ひと口で食べずに、少しずつほぐしながら、お酒とともにお召し上がりいただければと思います。

桜のあしらいも添えた、春らしい八寸をゆっくりと楽しんでください。

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強肴|牛肉の塩釜焼き
桜塩 花山葵

神戸の「ゆさか精肉店」さんの和牛のイチボを、桜の葉で一晩巻いておいたものを桜の花を混ぜた塩釜で焼き上げました。桜餅のような桜の葉の香りと塩味がほどよく入ったお肉は、お好みで桜の風味がついたお塩をつけてお召し上がりください。付け合わせは花山葵のお浸しです。

イチボは、牛モモ肉のなかでもお尻の先にある部位です。1頭からわずかしか取れない部位で、モモ肉のうま味を持ちながらも、脂肪がありやわらかいのが特徴です。

塩釜焼きにすることで火を入れる際の熱が間接的にじんわりと入るので、炭火焼やオーブン焼きとはちがったニュアンスでしっとりと焼きあがります。お客様のなかには「今はやりの低温調理のお肉みたいにしっとりとやわらかいね」という方もいらっしゃるほどで、おもしろい構成になっていると思います。

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煮物|飛龍頭 蕗 かぎわらび

炊き合わせは、毛蟹の飛龍頭に、山菜の蕗とかぎわらびです。冬の間は松葉蟹でしたが、この時期からは毛蟹がおいしい季節です。

ただし、飛龍頭自体には、それほど毛蟹らしさは感じられないかもしれません。むしろニンジンや百合根、銀杏、シイタケ、木耳きくらげといった食材と同じように、「飛龍頭」というものを構成するための食材として考えているので、「毛蟹を食べた~」ということではなく「おいしい飛龍頭を食べた~」と感じていただきたいと思って仕立てています。

見た目は一つの鍋で炊いた煮しめのようですが、「炊き合わせ」といって、素材ごとに別々にお出汁で炊いて最後に盛り合わせています。料理屋らしい仕事だと感じていますし、煮炊きが好きな僕にとって、とても好きなお料理のひとつです。

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食事|白魚とうすい豆の玉子とじ
または、白ご飯と鯛の滋味造り
または、そば米雑炊

①白魚とうすい豆の玉子とじ(月替わり)。
ご飯は、料理長の石田の親戚が減農薬で栽培する「ヒノヒカリ」です。
②炊き立て白米 鯛の地味造り。これまでも乃木坂しんでお出ししてきた鯛を出汁醤油に漬けた
滋味造りをお付けします。ご飯は玉子とじ同様「ヒノヒカリ」です。
③そば米雑炊。料理長の石田の故郷・徳島県の郷土料理で、
鶏でとったお出汁でいただく素朴な料理です。


お食事を3つのお料理のなかから選んでいただきます。

【お食事】
①白魚とうすい豆の玉子とじ(月替わり)
②炊き立て白米 鯛の地味造り
③そば米雑炊

①月替わりの玉子とじ、今月は「白魚」と「うすい豆」です。ふんわりトロリの玉子とじはやみつきになりそうです。

3種類のお食事のなかから1種類を選んでいただいてもいいですし、2種類や3種類を少しずつお出しすることもできます。お客様のお腹の具合を見ながらご自由にお決めいくださいませ。

なお、毎月の玉子とじと同じ考え方でご家庭でも再現しやすい親子丼の作り方をYouTubeで紹介しています。ご興味ある方はご視聴いただき、ぜひ作ってみてください。

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菓子|桜餅 黒苺とメレンゲと練乳
ブラッドオレンジとヨーグルトのシャーベット

桜餅は道明寺糒のなかに刻んだ桜の花の塩漬け、餡のなかに刻んだ桜の葉の塩漬けを加えてあります。

旬を迎えた愛媛県産のブラッドオレンジは、ヨーグルトをシャーベットにしました。

色の濃さが印象的な「軽井沢ガーデンファーム」さんの黒いちご「真紅の美鈴」は、手をかけずそのまま食べていただくのが一番おいしいと思います。メレンゲクッキーの上に徳島県の和三盆で作った自家製練乳をのせた台座に黒イチゴを置いていますので、そのまま手にとって台座ごとお召し上がりください。

今月も、魅力的な様々な食材を取り揃えながら、みなさまのご来店を心よりお待ち申し上げております。

乃木坂しん」店主 石田伸二

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乃木坂しん
東京都港区赤坂8-11-19 エクレール乃木坂1F
☎︎03-6721-0086
【2021年11月1日よりコース料理の金額が変更になりました】
ランチ(水〜土) 12:00〜15:00(13:00LO、*前日までの予約制)
  おまかせ 10,000円、18,000円、22,000円
ディナー(月〜土) 17:30〜23:00(21:30LO)
  おまかせ 18,000円、22,000円、30,000円
※消費税、サービス料10%別
※緊急事態宣言中などは、夜の営業時間を変更して営業しておりますので、店舗までお問い合わせください。

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構成・文・撮影=江六前一郎


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