先っぽ|8人の作家と向き合ってきた4年間、「器の会」の記録
「乃木坂しん」の店主・石田伸二と支配人の飛田泰秀が日々考えている日本料理への想いやこれからのことなどを、どのメディアよりも早くお伝えする「乃木坂しんの先っぽ」。今回は、1年に2度開催している「器の会」について、その経緯や意義について話してもらいました。
器の会とは:初夏(5月)と晩秋(10月から11月)の年に2回乃木坂しんで開催されている「器の会」は、浅草にある器ギャラリー「とべとべくさ」の伊藤貴志さんと共同で企画をしています。あるお一人の作家さんの作品の展示だけでなく、その作家さんの器だけを使った期間限定の特別な献立を用意した、ギャラリーと食事会の複合イベントです。
作家と料理人の即興的な共演「器の会」の魅力
――器の会は、どんな経緯で始まったんですか?
作家さんにとって自分の器だけを使って料理をされたら嬉しいんじゃないかなぁと思ったのが始まりです。「器の会」は、初夏と晩秋の週末の3日間か4日間開催して、昼と夜にそれぞれ1回転だけ。カウンターでお客様にお食事をしていただき、その他の個室をギャラリーとして使い、お食事をされない方も作品を見ることができるようにしています。
乃木坂しんのオープンが2016年6月でしたので、オープン1周年を目前にした2017年5月に、山口真人さんをお迎えして第1回目を開催しました。
「器の会」自体のアイディアは、じつはお店を始める前からありました。実際に話しを始めたのは、オープンして半年くらい経った2016年の11月か12月だったと思います。
というのも、陶器は焼くのに半年以上かかるんです。つまり、思いたってすぐに焼けないので、オープン直後には1周年記念の企画として開催することを考えていました。
飛田さんから器の会をやりたいというのを聞いたのは1年目の12月頃だったと思います。それからとべとべくさの伊藤さんに飛田さんが連絡をして、少し経ってから山口さんが食事にいらしてくださったんです。
――作家さんとのやりとりはどうしているのですか?
献立の流れ(突き出し、前菜、お椀、お造り2皿、八寸、焼き物⦅お肉料理⦆、炊き合わせ、食事、デザート)だけをお知らせして、「あとは好きにお願いします」とお伝えしています。
器は、会が始まる1週間前までに届けてもらうようにお願いしています。でも実際は遅れたり、やっぱりこれも加えたいといって3、4日前に届くこともありますよ(笑)。
ふだんは、1カ月間同じ献立を作り続けていくので、深めていくような仕事が多いと思うんですね。それ自体は、店の地力になるので大事なことだと思うのですけど、それだけでは感性が刺激されるような経験を得ることはなかなか難しいのではないかと思うんです。
やっぱり人間って、追い込んで危機迫ったときの方が、いろいろと突き抜けられることも多いじゃないですか。ですので僕としては、お互いのぶつかり合いから生まれる臨場感やライブ感を得るような場面もほしいなと思うわけです。
ですので、あえて1週間前に器を届けてもらい、届いた器を見てから料理を練り直したり、考えたりするという臨場感が生まれるような決まりを作って器の会をスタートさせたんです。
そういった経験が乃木坂しんとしての成長になればいいなと思っています。
――依頼してから器が届くまでに、打ち合わせはまったくないんですか?
ほかには、何もないですよ(笑)。あとは1週間前に器が届いてから料理を考え始めます。
作家さんをどなたにするかは、とべとべくさの伊藤さんにお任せし、おすすめいただきながら相談させてもらっています。
基本的には、なるべく同じ時代を生きた方々と一緒に育っていきたという気持ちがあるので、同世代の作家さんでお願いしたいとお伝えしています。
伊藤さんからは、「献立を通して使うのであれば、バリエーションのある作家さんがいいのではないか」という意見もいただいたり、いろいろと考えたうえで作家さんに依頼をさせていただいています。
――通常の営業をしながらですから、届くのが遅れて「あと3、4日くらいしかない!」となると大変ですよね(笑)。器が届いてからどうやって料理を考えているのですか?
届いたらまず、どんな器が入っているかをすべて見て、そこから料理の構成を考えます。その月にお出ししている献立があり、季節の食材はだいたい頭に入っているので、器に合わせて仕立てや盛り付けを変えたり、新しい料理を考えていきます。
会が始まる数日前に試食会ができればいいのですが、たいていは、器がなかなか届かなかったりします。時間がない場合は、器の写真を送っていただいて、それをもとに試作や試食をすることもあります。そうすると、最初から最後まで本番に使う器に盛り込むのは直前ということは多いですね。
――本当に即興的なんですね。即興的になると、どんな点が不安になりますか?
頭の中で構成ができていないので、盛り付けにするまでの動きや物の置き場所などの準備の部分が特に不安になります。つまり、整理や段取りができていない状態で盛り付けるので、最初の1、2回は不安になりますよね。
でもそこから、自分でも無意識というか、考えずに即興的に盛り付けをしたりもしてるんです。そこに、これまで修業で染みついたものに気付いたりするので、年に2回ですが、いつもとまったく違うやり方で献立を考えるのは楽しいです。
――それでは、2017年5月から2021年1月まで、8回の器の会をされました。どんな作家さんとご一緒したのか見て行ってみましょう。
※それぞれの作家さんのオフィシャルサイトのURLを初出のお名前にリンクさせてあります。ぜひ訪問してみてください!
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第1回|山口真人を愉しむ 於 乃木坂しん
2017年5月20日(土)~22日(月)
山口真人さんは、愛知・瀬戸の陶芸家さんです。山口さんはオブジェのようなものや、銀彩(銀箔や銀泥など、銀を用いて装飾する技法)に詩が刻印されているようなものなど(下の写真2枚目)、今まで盛り付けてこなかったような器が多かったです。初めてづくしが多く、とてもおもしろかったし楽しかったです。
山口さんは美濃焼のなかでも織部や黄瀬戸を焼かれます。すごく色々なことに挑戦されていらっしゃって、食器というよりはアートのほうに進みたいと考えていらっしゃるのではないかなと、僕は思っています。だからかなりエッジの利いた尖った作品を作られます。くわえて、遊び心もすごくある。
この器は、じつは蓋物で、蓋の上にアワビをのせているんです。ローマにあるトレビの泉に、いっぱいコインが投げられていますよね。あのようなイメージの蓋になっています。蓋を開けると下の器に熱々のお出汁が入っていて、そのなかにアワビをくぐらせて、しゃぶしゃぶのようにして食べていただくお料理です。
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第2回|澤 克典を愉しむ 於 乃木坂しん
2017年10月28日(土)~30日(月)
澤克典さんは信楽(滋賀県)の作家さんです。織部を焼かれることも多いですね。料理人としては、器の大きさがちょうど良くて、盛りやすい。山口さんと同じようにバリエーションが豊富で、彼なりのロジックがあるのですが、なかには定番でもあるペンギンの絵が書かれた器などもあります。
澤さんの器は、器の会をやる以前から持っていて使っていました。あっ、山口さんの器ももちろん持っていましたよ(笑)。
ちなみに、乃木坂しんの玄関に飾ってある信楽の狛犬の置物は、澤さんの作品なんです。なんともいえないかわいさがありますよね(2回ほど作り直してもらっていますけど……笑)。
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第3回|小島陽介を愉しむ 於 乃木坂しん
2018年5月19日(土)~21日(月)
小島さんは、オーセンティックで洗練された作品を作られる伊賀(滋賀県)の作家さんです。銀彩がとてもきれいで、滋味深い魅力がありますよね。
小島さんは造形がとてもお上手です。手先がすごく器用なんだと思います。でも実際にお会いすると、身長が190㎝くらいある大柄な方なので、そんな感じはしないんですけどね(笑)。
小島さんの器は、時代に関係なくずっと使っていけるような、どんなお料理も盛り付けやすい器といえると思います。
この時に炊き合わせで使った器は、乃木坂しんで定番で使わせていただいていて、先の2月の献立でもお肉料理でも登場しています。ヘビーローテーションですね(笑)。
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第4回|柳下季器を愉しむ 於 乃木坂しん
2018年11月10日(土)~12日(月)
柳下(やなした)さんは伊賀(三重県)の作家さんですね。伊賀ですが、白楽(楽焼の白)も焼かれます。
器自体は、一見すごくシンプルなのですよね。1967年生まれで、今年で54歳ですから、僕たちより少し年の多い方です。そういう意味で、年齢を重ねられた渋さが出始めているなと感じています。
じつは、器が届いたときには、「地味に感じる」ねと二人で話していました。ところが、お料理を盛り付けはじめるとまったく変わるんです。お料理がすごく映えるんですよね。
器の大切さを改めて感じる会になりました。料理がどんどん良くなっていくんです。当たり前のことなのですが、器は料理を盛り付けて器なるんですよね。器だけを見るのではなく、盛り付けたあとの姿が大事なのだと思いました。
しみじみいいものだなぁと思えるような器ですよね。この時に八寸で使わせていただいた器(上の写真)も、会のあとも八寸に使わせていただいているので、ご来店された方のなかでも、記憶されている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
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第5回|谷本 洋を愉しむ 於 乃木坂しん
2019年5月17日(金)~19日(日)
谷本さんも柳下さんと同じく伊賀(滋賀県)の作家さんです。
伊賀焼は、野性味と自然美が特徴的ですけど、谷本さんは、飴釉(酸化焼成で褐色になる釉薬)でもすごく上手で、とても世界観がある作家さんです。陶器ではないですが、独特の風合いがある炭化磁器というのもやっていらして、これもすごくいいんです。
じつは炭化磁器に盛り付けたくて、初めに依頼をしたときから谷本さんにお願いしていたんです。だけど、届いて開けてみたら入ってなかったんです。それで急いで連絡をして、「炭化磁器どうなりました?」と聞いたら、焼いてみたけど悩んで、けっきょく送らなかったんだそうです。そこをお願いして、会が始まる日の朝、窯から出してきたものを、それこそ本当に、まだ窯の熱が残った生温かいまま持ってきていただいたのです。
この時はお造りを盛らせていただきました。
作家さんの器だけで、すべての料理を食べるっていうのは、すごく贅沢なことだと思うんです。作家の方の作風をよりよく理解するっていうのは、ひとつの器だけではきっとわからないと思います。
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第6回|藤ノ木陽太郎を愉しむ 於 乃木坂しん
2019年11月22日(金)~25日(月)
藤ノ木さんは、唐津焼(佐賀県)の作家さんですね。
土平窯という窯で、お父様の土平さんと一緒に作陶をされています。藤ノ木さんは、多摩美術大学を出られていたりして、とても器用な方で、さすが陶芸家の家に育った作家さんというような洗練された感性をお持ちです。
星型の器であったり、アイディアがすごいんですけど、しっかり形として器になっているというのは、藤ノ木さんの技術の高さなのだろうと思っています。
じつは、器の会とは別に藤ノ木に蓋物をお願いしたんです。映画『スター・ウォーズ』の「デス・スター」のような球体の蓋物です(下の写真)。
蓋物は焼き上がってみると器と蓋が合わなかったりすることもあって、難しいものだそうです。そんななかでも、僕たちのお願いでチャレンジしたことによって「蓋物のバリエーションが増えて良かった」と言ってくださって、そういった交流もうれしいですよね。
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第7回|西岡 悠を愉しむ 於 乃木坂しん
2020年6月26日(金)~6月29日(月)
西岡さんは美濃焼(岐阜)の作家さんですね。織部や黄瀬戸を焼かれていて、とくに黄瀬戸で有名です。
西岡さんが陶芸を始めたのは30代になってからで、それまではご本人いわく”ふらふら”していたそうで、サラリーマンもされたり、楽器作りの教室に通ったりと紆余曲折な人生だったそうです。
そこから、「このままじゃだめだ」と一念発起して瀬戸の窯業訓練校に通い、陶芸家の道に入ったという異色の経歴をお持ちです。
八寸用にと焼いてきていただいた器がすごく良くて、献立のなかで、突き出しとお造りとメインで3回も使ったんです。器の会の献立は、まずメインになる器、おもしろく提供できそうな器を決めてから献立を決めていくのですが、この時は真っ先にこの器が決まりましたね。
さらに1回で終わらせるのはもったいと思って、本来はやらない3度も使うというやり方をさせてもらいました。
西岡さんの会は、当初は2020年5月に予定していました。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が不安視されるなか、政府から緊急事態宣言が出たこともあって延期にさせてもらったんです。
宣言が明けてすぐに開催したのですが、世の中がまだ外に出て食事をするような雰囲気ではなかったので、少し集客も弱く、西岡さんには申し訳ないことをしてしまったな、と思っています。でも本人は、すごく喜んでくださっていたので救われています。
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第8回|鎌田克慈を愉しむ 於 乃木坂しん
2021年1月22日(金)~25日(月)
鎌田さんは、はじめての乾漆の作家さんですね。鎌田さんの会も当初11月の予定でしたが、新型コロナウイルスの感染状況を鑑みて、1月に延長させてもらいました。
鎌田さんは、木、石膏などの型を使って、麻布などを漆糊で張り重ねて素地を作る乾漆の作品を作っていらっしゃいます。
漆器は、ベースが木製なので、ある程度かたちが決まってしまって献立を通して使うことはなかなか難しいかなと思っていたのですが、乾漆であればバリエーションが生まれるのではないかと考えました。
また、器の会はずっと陶芸作家さんでしたので、陶芸ではない作家さんとも会をしたいと、とべとべくさの伊藤さんには前から話していました。乾漆の良い作家さんがいますとご紹介いただき、でもなかなか難しい部分もあるかもしれないとも思いながらも、ひとつの挑戦としてやらせていただきました。
もう20年以上料理人をやっていますが、漆器だけで献立を作るのは初めてでした。やってみると漆器は、油で揚げた熱々の料理をのせると変色してしまったり、茶碗蒸しのような蒸し料理ができないなどはありますが、それほど制約はないことに気付けました。
乾漆は、何度も漆を塗り重ね乾かすので、手間と時間がとてもかかります。さらに、乾かす際の気候にも左右される部分もあったりと、他にも沢山勉強になりました。
第9回|山口真人を愉しむ 於 乃木坂しん
2021年6月11日(金)~14日(月)
――次回の第9回目の器の会も決まりましたね。お相手は、第1回でもコラボレーションされた山口真人さんです。なぜもう一度山口さんにお願いすることになったのですか?
器の会は、4年で8回を重ねてきたわけですけど、やっぱり初回の山口さんで始められたのは大きかったし、いろいろと助けていただいたとも思っています。恩返しとまではいいませんが、その意味と、そこから成長した乃木坂しんをお見せできたらいいなと思ったということですかね。ご本人も「またやりたい」っていってくださっているのもありがたいですよね。
乃木坂しんは、2016年6月11日にオープンして、今年で何とか5周年という区切りの年でもあります。だからこそ初心にかえるという気持ちでも、山口さんにお願いしたいと思いました。
山口さんは、若手の作家さんのなかでも特に人気の作家さんです。最近は、自身の織部焼に文様を取り入れた作品を作り始めていらっしゃるので、4年前とはまた違う作風のものも必ずでてくるのではないかと楽しみにしています。
「山口真人を愉しむ 於 乃木坂しん」
2021年6月11日(金)~14日(月)
【食事会】
ランチ 12:30~/ディナー 19:00~
要ご予約 お一人様 30,000円 (税・サービス料・アペリティフ込 )
・キャンセルポリシー 当日100%
・ドレスコード スマートカジュアル
カウンター6席のみのご案内となります
【特設ギャラリー】
12:00~22:00
山口氏の作品を乃木坂しん内の特設ギャラリーにて展示販売いたします。
織部、志野、黄瀬戸など美濃焼を中心に、茶器・花器・酒器・食器をご覧いただけます。
※展示作品のご内覧のみでもご自由にご入場いただけます
※陶ギャラリーとべとべくさ出展
【ご予約受付・お問い合わせ先】
乃木坂 しん:03-6721-0086
とべとべくさ:090-2526-9940
http://tobetobe-kusa.jp/?mode=f7
――今後、一緒に器の会をしてみたい作家さんなどいらっしゃいますか?
これまで陶器の作家さんが多かったのですが、それだけではなく磁器とかガラスの作家さんともご一緒してみたいですね。特に磁器の作家さんとやってみたいです。
秋の器の会の話しもすでに進めていて、今年は5周年ということで超大御所の作家さんがやってくれそうという話しにもなっています。叶えば良いなと、とても楽しみにしています。11月ごろになるかな。
ひとりの作家さんの器を何種類も見られるだけでなく、そこに自分の献立を盛れるってことは、まずないことなので、料理人としてはとても勉強になっています。そのあとも、いろいろなことを直接作家さんに聞けるので、料理人としてだけではなくありがたいことなのです。
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乃木坂しん
東京都港区赤坂8-11-19 エクレール乃木坂1F
☎03-6721-0086
ランチ(水〜土) 12:00〜15:00(13:00LO、*前日までの予約制)
おまかせ10,000円、15,000円、18,000円
ディナー(月〜土) 17:30〜23:00(21:30LO)
おまかせ 15,000円、18,000円、28,000円
※消費税、サービス料10%別
※緊急事態宣言中は、夜の営業時間を変更して営業しておりますので、店舗までお問い合わせください。
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