「あなたのための短歌集」はわたしのためにもある
いつだったか、まだXがTwitterという名前だった頃、たまたまRTで流れてきたツイートで、とある短歌集に載っているこの短歌が良いと紹介されていた。
ふふ、と笑ってしまった。
絶望、この世の終わりだという深い悲しみに立ち向かう姿勢としては苛烈過ぎる。絶望している人にナイフを渡すなんてとんでもねぇな!と思うけど、でも、そんくらいの勢いで生き延びたれ!というパワーがすごくて気に入ってしまった。
取り敢えずそのうち読もう、とその日のうちにKindleでポチッておいた。
そういえば、と思って本を開いたのは最近だ。
この本は、歌人・木下龍也が、依頼者からのお題をもとに、その依頼者のためだけに詠んだ短歌を集めている。
元々は「短歌の個人販売」企画のようなもので、短歌を購入した依頼者に、便箋に書いて封筒で送っていたそうだ。だから、この短歌集を作る話が出た時点で、作者の手元にはひとつも残っておらず、依頼者から本に掲載する許可を得た上で送った短歌を提供してもらわねばならなかったらしい。本当に個人に宛てた、依頼者個人のためだけの短歌たちだ。
そんなわけで「あなたのため」の短歌集というタイトルになっているが、お題を出す依頼者の境遇が、短歌のことばの表現が、私に刺さるものがいくつもあった。
最初に紹介した短歌以外に、私が特に気に入った4首を紹介しよう。
最後の短歌は表紙にもなっている。
長い間片思いしていた相手がいたが気持ちを切り替えたい、というお題の短歌だ。
片思いをしていた「君」を、「君への思い」だけを乗せたバスから降りて見送って決別しようという軽やかさ、マイナス感情との対峙の仕方が、感傷を抱きながらもポジティブな感じがして好きだ。
かと思えば、一輪挿しという、ぱっと見ればおしゃれな花の飾り方を、葉を落とされて立ったまま死ぬだなんて絶望的な表現をする。
なんだか、暗さと明るさのバランス感覚が好きな作家だな、と思う。
計5首紹介したが、やっぱり特に好きなのは、絶望にナイフを突き立てるマインドの短歌だ。かくありたいと思える。
お題を出した依頼者がこの短歌集に購入した短歌を提供してくれたことに感謝しかない。わたしのためにもなっているので。
依頼者のお題の中には、きっとあなたも共感できる、境遇が似ているお題もあると思う。
似ていなくとも、私がたまたま見かけた短歌を気に入ったように、心に刺さる、揺さぶられる短歌があるんじゃないだろうか。
短歌を普段詠まないし歌集も読まない私が気に入った、木下龍也の「わたしのための短歌集」、おすすめしたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?