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ウツのち休職、からの退職




猫の耳はペラペラで、いつも少し、ひんやりしている。
それを、親指と人差し指の腹で、優しく挟んで温める。

「猫の耳を温めるだけの、簡単なお仕事です!」

みたいな求人があればいいのになぁ。完全在宅で。
なんて思っていたら、いつの間にか5年が過ぎていた。

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はじめまして。のがのと申します。
30代前半に、ウツで仕事を休職、のちに退職しました。
ウツは心の病、とまことしやかに流布されていますが、脳の病気であることも世に広まって欲しいと思い、皆もすなるnoteといふものを、のがのもしてみむとてするなり。

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【 音に殺される!】

休職当初は、社用携帯の電源をオンにしたままだった。
やり残した引き継ぎがあるかもしれない、私の休職を知らずに連絡してくる人がいるかもしれない、と臨戦態勢だった。
職場に迷惑をかけたくなかった、と言ったら聞こえはいい。
でも本当は、職場から必要とされなくなったり、なんなら
「のがのさんいない方がはかどるねぇ」
なんて言われてるのかもしれない…上司や同僚からの冷たい視線やため息を想像して、気が休まらなかっただけだ。
案の定、外部機関や患者さん (医師秘書やってました) からかかってくる電話。日程変更のお知らせや問い合わせ。それを職場に伝達する。
そのあたりから、電話の音が怖くなった。
静かな部屋に、ブーーッブーーッとバイブ音が響く。
うわぁまた連絡だ、職場に繋がなくちゃいけないのか、不安だなぁ
とかの怖さではない。
恐ろしい形相をした無数の音たちに取り囲まれ、大音量の叱責と暴力にさらされる恐怖。
やめてやめてやめてごめんなさいごめんなさい
と、胸が締め付けられて呼吸が苦しい。目眩がしてくる。耳を塞ぐ。涙が出る。布団に隠れる。それでも音たちは、大音量の叱責をやめてくれない。

少しして、上司から
※ のがのさん、携帯の電源切っていいよ
と言われた。
※ ゆっくり休んで、の意
なんだけど、ウツっていうのは厄介で
不安や自責、被害妄想に強くさいなまれる。なので、
※ 邪魔、いらない、の意
に捉えてしまう。私は要らないんだ。むしろ居ない方が皆にとって幸せなんだ。いなくなりたい。消えてしまいたい。存在して申し訳ない。苦しい、悲しい。

でも半分、もう音に殺されなくていいんだ、と安堵した気持ちで電源を落とした。

しかし、何のこれしき、音たちの暴力は終わらない。

隣の住人が出す微かな音、往来を走る車の音。人々の活動の気配に、生活音の全てに怒られる。責め立てられる。

ピーンポーーン。インターホンが私のみぞおちを殴る。
苦しい。息ができない。
やめてやめてごめんなさいごめんなさい
布団の中で最小サイズになって、震えながら殴る蹴るに耐える。

ドンドンドンドンッ!!!消防の点検でーーーす!!居ませんかぁ!!ドンドンドンドンッ!!!
消防の点検は、オートロックをスルーして突然やってきて、力強くドアを殴りまくってくる(信じられん。健康な大人でも恐怖だろ)。ドアを破って入ってきたらどうしよう。などとあらぬ不安を抱いて
ギャーーーーーーーーー!!!と叫びたくなる。
そこにいるのは分かってんだぞ!!!と脅迫されているようで、
いませんいませんいませんいませんごめんなさいごめんなさい
泣きながら、布団をかぶってやり過ごした。

【 光に殺される!】

今度は、叱責と暴力が光に姿を変えて私を襲いだした。
外の光。部屋のライト。まぶたの裏の赤い薄明かり。
それが私を罵り、叱り、殴り、蹴ってくる。
ライトを消して、遮光カーテンを隙間なく閉め、布団を被って、文字通りに震える毎日を過ごした。

疲れた。もういっそ殺してくれぇ。

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あれから5年が過ぎ、音や光の恐怖はだいぶ和らいできた。
今は、田舎の実家に身を寄せている。
アラフォーになってしまい、社会復帰は絶望的だ。
私には、猫の耳を温めるだけの簡単なお仕事しか出来ない。

猫の耳を温めるサービスを提供する会社でも立ち上げるか。
無理か。


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2024年4月  のがの

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