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樹木の呼吸


「おめでとう」
 さわやかな新緑の頃、わたしはここち良い、森の神様のことばで目覚める。陽光が降り注ぐなか、やわらかな土から小さな緑の命が芽吹いた。そう、わたしは樹木の新芽。
 ここは草木の生い茂る森の中。ふわふわ、ひゅーっと、やわらかいそよ風が吹いている。

 近くから動物たちの声がきこえる。
 小鳥やリスたちが、わたしを祝福してくれる。

 小鳥の美しい歌声は、しずくの波紋のように森のすみずみまで祝福の歌をとどける。

 リスたちは手を取り合い、よろこびのダンスを見せてくれる。
 やがて、仲間たちがあつまり、歌とダンスは森全体にひろがった。


 やさしい土の香り、透き通る雨のしずく、樹木は自然の恩恵をこれ以上ないほど受けながら、すくすくと成長した。
 ながいながい時を経て─
森一番の大樹になったのだ。


 ある日のこと、樹木はふと疑問をいだいた。
「わたしはなんのために、この世に生まれてきたの?」、と。

「だって自然は無条件に栄養を与えてくれるのに、わたしは受け取るばかりで能天気に生きている。まわりから与えられることが当たり前だと思っている」
 そのことが恥ずかしく思えたのだ。


 そして、樹木は考える。仲間たちがわたしの誕生を祝福してくれたように。自然の恩恵がわたしを生かしてくれたように。
「わたしも誰かの役に立ちたい」
 そして
「わたしの生きる意味をしりたい!」

 とはいうものの、考え込んでも役に立つ発想なんてうかばない。
「わたしはこのまま、自然からの恩恵をもらうだけの安逸な生活をすごしてよいのだろうか」


「わたしはなんの意味があってここにいるの?誰か教えてください」
 樹木は森のみんなに尋ねることにした。

 あるときリスと小鳥が樹木の枝にやってきた。
「ねぇねぇリスさんと小鳥さん、わたしはあなたたちの役に立てているかな?」

 リスはいった。
「あなたのからだはドングリをたくさん隠せるから助かるわ」

 小鳥はいった。
「あなたは背が高いから、歌を遠くまでとどけるのに便利だわ」

 リスと小鳥の言っていることはわかるが、打って付けのこたえとは思えなかった。
 なぜなら、わたしはもっと、雄大な意味でみんなの役に立ちたいのだ。そう思えることを成し遂げないと、わたしの生きる意味は無価値なのだと思えてしまう。


 樹木は藁をもすがる思いで祈った。
「森の神様きこえていますか?」
「わたしは自然から恵みをもらうばかりです。みんなの役に立ちたいし、生きる意味を知りたいのです」
 森の神様のこたえはこうだった。
「あなたの生きる意味なんてものはない。生きる意味はあなた自身でみつけることです」
 森の神様は、微笑んで言葉をつづけた。
「あなたは存在しているだけで、この自然の役に立てているのです」
「なぜならば、あなたは樹木。あなたの呼吸が森の、いや、地球の生命のエネルギーになっているのです」


「ああ。なんということだ─」
 雷に打たれるような、思いがけないことばに、うろたえてしまった。
 わたしの生きる意味はすでに備わっていたのだ。
 わたしの呼吸は、生命の酸素をつくっている。呼吸が生きものたちの命をつないでいるのだ。


 樹木は思う。
「わたしに与えられた命ある限り、呼吸をつづける。この星の生命に貢献するのだ」

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