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[こじらせ男の迷走①]親にありのままを愛して欲しかった【のだオバさん】

こんにちは!のだオバさんです。今回は、いかに拗らせていたかを話していきたいと思います(笑)
僕は幼少期から「生きる意味って何だろう?」ってずっと思っていました。でも誰も答えてくれない…
※詳しくはこちら。


<ありのままの自分を愛して欲しかった>


生きる意味も分からぬまま過ごしていた頃、
オヤジからは、「一流大学に行って一流企業に行かなければダメになる」と言われ続けていました。オカンからは「世の中の7、8割の人が言うことを聞いていれば間違いないから!」と…。両親は、世間体や世間の価値観を中心に考えていたんですね。オヤジがよく口にした「普通に生きろ!」は、世間に合わせて生きろという意味でした。
何だよ『普通』って!?自分の感覚で生きちゃダメなのかよ!?って思っていました。

今、考えれば違うなって分かるのですが、経験が少ない子どもにとって親の言うことは全てでした。親との関係こそが唯一存在する世界だったのです。
医者になるほど優秀な姉と比べられ、親の願いを叶えないかもしれないという罪悪感に苦しめられました。次第に、「あぁ…僕ってダメなのかもしれないなぁ」って。

苦しみながらも16歳の時、僕は反乱を起こします(笑)
親が一番嫌がる高校中退を選びました。「これで自由になれる!自分らしく生きよう!」って意気込んでいましたが…親が泣いている姿を見たら、また罪悪感が💦
結果、大検(大学入学資格検定)を受け、大学に行きます。
でも、学力の高い大学ではなかったので、オヤジからは「そんな所は大学じゃない!」と言われると、また自分を責め始めます…

次第に「ありのままで良い」と自分を認めることは出来なくなりました。自信がないので、自分の思いより世間や他人の価値観を取り込んで生きていくことになります。

とにかく苦しい…人の顔色を窺って生きているわけですから💦
これが僕の‘根底’でした。

<寂しさを埋めるため、ワーカホリックに>


心に穴が空いたままなので、常に寂しさと共にいました。
自分で自分のエネルギーを埋められない。いや、自分なんてダメだと思っているから、自分を大切にしようなんて気持ちにもなれない。ただ人に認められたいと、ハードに働きました。忙しいと寂しさも忘れられますからね〜。
僕が働いたお笑いの世界というのも良かったです😃生き辛さがあっても、常に笑っていられますから。

テレビ番組制作会社に入社し、『ぐるぐるナインティナイン』に配属された初日の写真です。先輩からセロテープを渡され「鼻を上げろ!」と。そして「今日から野田は‘鼻上げ星人’だ」と(笑)大変な所に来ちゃったなぁ〜って思うと同時に、楽しんでいる自分がいました。

最初の1年間は4日間くらいしか休みませんでした。ブラック企業というより、僕が早くA Dからディレクターになりたかったから。その甲斐もあって2年という異例の速さでディレクターになれました。
早くディレクターになりたかったのは、お金が欲しかったから!
一流大学にも一流企業にも入れなかった僕が、唯一オヤジに認められるのは‘お金’だと思い込んでいたんですね。もうそれしか残っていなかった。

30代前半で1000万円を貰えるようになると、嬉しくてオヤジに言いに行きました。褒めてくれるかなぁ〜って♪
でもオヤジは、「俺が1000万円を貰ったのは、もっと早かったな!」と言われてしまいます。すると、僕はまたガムシャラに働き出すんです(笑)
稼いでオヤジに認められたいという思いと、心の寂しさを埋めるために。

日々、お酒を沢山飲んで現実を忘れようとしたり、
僕の周りに困っている人を集めて相談に乗り、自分の居場所をつくったり、心にぽっかりと空いた穴を埋めるために、もがきまくっていました😂

その頃から心理学を学び始めます。心が限界に近づいていたのでしょう。
誰かに認められたくて、霊能者巡りも始まります。

今、僕は過去を振り返りながら書いていますが…
子どもって本当に親に愛されたい存在なんだなぁ〜って思います。親に愛されるために必死にもがいている。
そして、親子関係で身につけた価値観をずっと持ちながら生きているんだなぁって。
もがきまくっていた自分は愛おしいと思いますし、頑張ったね!って抱きしめてあげたい✨
じゃあ、親が悪いのか!?というと、そういう訳ではなく、自分が幸せに心豊かになるための物語だったと気づく時が訪れます。
まずは僕が迷走し、霊能者を巡っていた話をしていきたいと思います。続いての話はこちら。

 
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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