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2023/05/07 お前は星野アイではない

 テレビアニメ『【推しの子】』(以下【】省略)が流行っているらしい。「らしい」、なんてあえて伝聞で表現しているのは私がすでに原作を連載開始当時から追っていて、最新話まで読了していて、その上でアニメの第1話を視聴して、その途中で観るのをやめてしまったからである。どう考えてもこの作品は連載開始時が一番盛り上がったし、原作の方がずっとおもしろいだろうが、と古参ヅラをしてインターネットの片隅で吠えている。
 今回はテレビアニメ『推しの子』がなぜ爆発的に人気を得ているのか、クソイキリシャカマオタクなりに考えてみる。

「この芸能界 せかいにおいて嘘は武器だ」
地方都市で働く産婦人科医・ゴロー。
ある日"推し"のアイドル「B小町」のアイが彼の前に現れた。
「この芸能界 せかいにおいて嘘は武器だ」
地方都市で働く産婦人科医・ゴロー。
ある日"推し"のアイドル「B小町」のアイが彼の前に現れた。
彼女はある禁断の秘密を抱えており…。
そんな二人の"最悪"の出会いから、運命が動き出していく―。

アニメ『【推しの子】』公式サイト より

『推しの子』のあらすじをテレビアニメの公式サイトから引っ張ってきた。まぁ、こういう話である。『推しの子』について完全初見だという人が万が一、いや億が一こんな文章を先に読んでしまうということはあってはならないので、どうか原作の第1話を読んでからこちらに戻ってきてほしい。ジャンプ+やとなりのヤングジャンプなどで無料で読めるので。

「推し」という文化というか考え方が一般化して久しい今日この頃、「推し」という単語を見て最初に思いつくのはアイドルではないだろうか。実際、私も本作の連載が始まるという記事を読み、『かぐや様は告らせたい』の赤坂アカ先生が原作を担当するという文言と横槍メンゴ先生が描いた可愛い女の子のイラストを見た時、あぁアイドルものの漫画が始まるのか、と思った。しかし実際はそうではない。超人気アイドル・アイの隠し子として生まれ変わってしまった主人公が、母であるアイを殺され、その事件の黒幕であると考えられる実父(生まれ変わってからの)を特定し復讐をする、という芸能×サスペンス(あと恋愛要素?)を主題とした作品である。本作がヒットしている理由の一つとして、このガワと内容のギャップというものがあると思う。しかしこのギャップというのは近年大ヒットしている作品に共通して存在する要素であると思う。では何が『推しの子』と他のヒット作品の違いなのだろうか。

 テレビアニメ『推しの子』の第1話は90分拡大放送という形をとっていた。90分!? 映画かよ。ご存知の通りテレビアニメの1話分の放送時間は主題歌やCMなどを含めて30分程度で制作されているので、『推しの子』はその3倍ということになる。長時間映像を見続けることが苦手な私は、これが理由でテレビアニメの視聴を第1話の途中で断念してしまった。
 一見悪手に見えるこの拡大放送なのだが、キリがいいところまで第1話として描き切る以外の理由があると私は考えている。今の若い人たちは等速で動画を見ない傾向がある。おそらく、製作陣はこれを見越して90分の超拡大第1話を作ったのではないだろうか。1.25〜1.5倍で観れば、放送時間が長くなることでどうしても生じるテンポのもたつきも問題にならないはずだ。テレビアニメ『推しの子』を絶賛している人たちのうち、いったい何人が等速で視聴したか、私気になります。
 90分というテレビアニメとしては驚異の放送時間(という情報)、そして実際に見た時の充足感が本作が大ヒットしている理由の一つであると思う。

 もう一つの理由として、現在の時代背景が関係しているのではないだろうか。昔のアイドルは今よりずっと絶対に手の届かない、テレビの中の偶像だった。アイドルに憧れる星の数ほどいる女の子たちの中から、本当に可愛くて美人でスタイルがよくて頭の回転が速くて器用で運のいい、一握りの女の子だけがアイドルになれる。それがいつしか、誰でもアイドルになれる時代になった。アイドルまでいかずとも、コンカフェ嬢や被写体、インフルエンサーなど容姿を使って偶像として崇められることが昔と比べてぐっと容易になった。
 悪口ではないので怒らないでほしいのだけれど、アイドル(的存在)になるハードルが低くなると、どうしてもそのレベルは下がっていく。よく言えば多様性とも考えられるのだが、意識の低さ、いわゆるオタクとの繋がりや未成年飲酒・喫煙などの行為まで多様性として受け入れることは私にはできない。
 星野アイはアイドルとして秘すべきことを嘘と呼び、それを愛だと表現した。16歳にして双子を産み未婚の母となり、それを隠し通した星野アイの生き方は、一部のアイドルやコンカフェ嬢たちから共感を得ているらしい。嘘を愛という美しい言葉で正当化する、この考えが現代を生きる満たされることのない承認欲求を抱えた現代の少女たちに強く刺さり、作品のヒットにつながっているのではないだろうか。

 私はこの考えは嫌いなのだけれど、アイドルだって人間である。ファンに隠さなければいけないことくらいあるだろう。しかし、「アイの嘘に共感できる」と発信してしまうのは星野アイとは正反対に、嘘に嘘を重ねることができていないのでは? オタクくんに隠していることがありますと声高に宣言しているのと同義なのでは? もうほとんどアイドルも女性声優も真剣に追っかけなくなってしまったけれど、どうかオタクを不用意に不安がらせることはできる限り控えてくれたらありがたいと老害は思うのであった。

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