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生物学門外漢の元ソフトウェアエンジニアが魚を研究する大学院に社会人入学してみた

(この記事はUMITRON Advent Calendar 2022 - Adventarの14日目の記事です。)

 「持続可能な水産養殖を地球に実装する」をミッションとしたテックスタートアップ、ウミトロンの野田です。
 前職ではソフトウェアエンジニアをしておりまして、2019年にウミトロンに転職し、現在は月の半分ほど各地の養殖場に出向きながらプロダクトを使った現場課題の解決を進めています。
 また私は今年の4月から、高知大学海洋資源科学科の修士課程で学生をやっています。社会人の大学院入学について身の回りで聞いたことがあるのは下記のパターンです。

  1.  MBA取得のためビジネススクールに通う

  2. 元々大学で学んでいた分野でさらに知見を深めるために博士課程に進学する

 私の場合は1でも2でもない、割と特殊なパターンなので他者の参考になるかは分かりませんが、ここで体験をシェアしてみたいと思います。

大学院で魚のことを学びたいと思った背景

 私が所属する研究室では養殖魚の餌について研究しています。魚のことを学びたい、研究したいと思ったきっかけは一つではなく、複数の事柄が絡んで後押しされた気がします。

生き物は一筋縄ではいかなかった

 生き物と向き合うエンジニアリングの世界に飛び込んで、生き物の難しさと直面しました。
 エンジニアが書くコードは、書かれた通りに動きます。指令を与えるとその通りに動く。思うように動かない場合は、指令が間違っているかコードが間違っているかで、これらを修正すれば思った通りに動くようになります。一方、生き物が相手だとそうはいきません。そんなこと頭では分かっていましたが、養殖の魚たちと日々対峙するようになって初めてこのことを痛感しました。例えばとある餌やりの方法が、A漁場で上手くいってもB漁場で上手くいかない。その原因となりうる要素が数えられないほどあるのです。水温や酸素量など環境上の何かのせいかもしれないし、魚の遺伝的・生育環境的特性の違いかもしれないし、餌の成分のせいかもしれない。人間でも太っている人と痩せている人がいる、その差の原因が簡単に一つに特定できないように、魚の生育についても「これをこうすれば必ずうまくいく」という決まった正解はありません。
 ウミトロンに参画して水産現場と対峙する中で「これはIT入っていかない訳だわ、だって難しいもん」と日々感じます。難しさの根源は、生き物が相手、というところに殆ど終着する気がします。

現場の役に立たない「夢のマシン」にはなりたくない

 さて、DX化の失敗例として「キラキラしたカッコ良い技術に飛びつくけど実際の問題解決に繋がらず持続しない」という図式があります。一次産業のDX化、と側から聞くと正にそんな失敗の図、つまり門外漢のエンジニアが最新技術を駆使して「夢のマシン」を作ったけれど実際の現場では上手く使うことができず廃れてしまう、といった図は容易にイメージされます。私はそこに加担することだけはしたくないという思いがおそらく人一倍強いです。「キラキラカッコ良い技術」は時には人を動かす大事な要素ではありますが、私は問題解決の方を重視したい。水産現場の問題解決のためには、難しい生き物の領域にもしっかり向き合っていくことが不可欠だなと感じていました。

ひとりの人間が、どっちも知っていることで生まれるものがある

 とはいえ、弊社には生き物の知見が無いという訳ではありません。水産系・生物系の学科出身のメンバーも複数在籍していますし、専門的なアドバイザーとも連携しています。自分が知らない知見も「三人寄れば文殊の知恵」、コラボレーションによる問題解決を進めることができる土壌があります。
 一方で、「ひとりの人間がどっちも知っている」ことによって生まれるものがあるな、というのもここ数年の学びとしてありました。前職はエンジニアで現職はビジネス職(営業のようなコンサルのようなカスタマーサポートのような…)をやっていますが、開発×ビジネスという二軸の知見があるからこそ仕事の上で認識できたり動ける場面があるなと感じています。特に私は何かを極限まで突き詰めて習得できるようなスペシャリストタイプではなく、一定の深さの知見を複数領域で持つことでそれらを掛け合わせて価値を生む方が得意。IT×魚の二軸を内側に持てれば、何か新しい世界が開けるかもしれないというワクワク感があります。
 大学院にチャレンジする前、ビジネスの勉強をしたいと思いビジネススクールのクラスを受講していました。そこにはエンジニアの方もいて、IT×ビジネスの知見をもつ人は世の中に割と居る。一方で、IT×魚はなかなか居ないでしょ、といった面白さもあります。

生き物が好き

 最後に、そもそも生き物が好きだったから、というのが学びたいと思った大きな理由としてあります。どんなに仕事に役立つと思っても、学費は自腹ですし興味のないことを学ぶことはできません。単純に、知ってワクワクする対象だから研究したいというのが大きいです。仮に全く仕事に役立たなかったとしても、趣味だと思えば何も痛くない。

 以上のような感覚が同時並行的にもやもやと集結し、やらない理由はないな、と思い進学しました。

辛いこと / 大変なこと

 大学院は基本的には学部から進学してくる学生を想定して設けられていて、(私が在籍する学科はかなり配慮して頂いているとはいえ)社会人は異物なので異物ならではの辛さ・大変さは感じています。

圧倒的な知識不足

 私の属する研究室は生理学的なアプローチがメインということもあり、ゼミでやりとりされる内容は代謝やホルモン、遺伝子などについてのかなり専門的な用語が含まれます。これには正直なところ、殆どついていけていません。オンラインのゼミであることをいい事に、知らない用語を裏でググりまくっています。本を読めば、と思いますが何の本を読めば良いかも分からない。同級生たちに泣きついて教えを乞いたいのですが普段オンラインでのやりとりばかりなので、まだ遠慮してしまうひ弱な大人です…。今はとにかく知らない言葉のシャワーを浴びて、「門前の小僧習わぬ経を読む」ばりに習得していこうと開き直っています。

社会人には集中講座は辛い

 これは大学や学科にもよると思いますが、私の専攻では必修の夏期集中講座があり、業務の合間でこれをこなすのが結構辛かったです。

ほぼキャンパスに行けてない

 私は業務の都合と利便性の観点から現在福岡県に居住しているのですが、キャンパスは高知にあります。当初の目論見では1~2ヶ月のうち1週間くらいは高知に滞在して研究室に顔を出そうと思っていたのですが、これはうまくいっていません。弊社は完全リモートワークなのでなんとかなるやろ、と思っていましたが、各地の出張で忙しく、高知に行くことはあっても大学は時間の都合で行けず終い…な状況で、なんともなっていません。
 ゼミはオンラインですし必修講義の多くはオンデマンド対応していただいているので受講できるのですが、せっかく魚を飼っている研究室なのになかなか現地に行けないというのはとても勿体無いなぁと感じます。
 逆にほぼキャンパスに行ってないにも関わらず、学生生活ができているのは時の運もありますが大学側の寄り添った対応のおかげでもあり、有り難い限りです。

良かったこと

 辛いことはありますが、ここまで8ヶ月ほど社会人院生として過ごした総論としては、入学してとても良かったです。

新たな学びと刺激が純粋に楽しい

 学部時代は文系だった私にとって、学びの全てが新鮮で、純粋に楽しいです。
 海底地形の断面図上で海中の成分がどう分布しているのかを調べたり、外来種と寄生虫の関係を学んだり、海洋生物の2次代謝物(毒やぬめりなど)が化学的に複雑で多様性に富み創薬に生かされていることを知ったりと、養殖魚に直接関係のない事柄も含めて新しい世界に触れることができて、ワクワクします。高知大ではInternet of Plantsと言って農業DXにも力を入れており、普段水産養殖DXをやっている身としては農業での最新取り組み状況を知れて嬉しいです。

当初の想定よりも早く日々の業務に学びを生かせた

 当初、大学での学びは直ちに業務に結びつくものでは無いだろうと考えていました。数年時間をかけて研究しながら知見を基礎から積み上げて、やっとある程度モノにできるだろうと。
 実際にそういう意味での知見は現時点でまだまだ蓄積できておらず、長い階段の麓から霧に隠れる段上を仰いでいるような状態なのですが、それでも「大学で学んでいること」が業務に生かせる場面は思っていたよりも早く、割と頻度高く発生しました。
 例えば「最近論文でこんなの読んだんですけど…」と生産者との話のネタになったり、現場実証を行う際の元となる仮説の材料になったりします。
 また派生的なメリットとしては、自己紹介で「実は大学院で魚の勉強をしておりまして」というと相手の反応が大きい、というのもあります。自分自身がもし長く水産の世界にいる側の人間だとしたら、「ぽっと出の技術屋に業界の何が分かるんだ」という感覚を抱くと思うので、リスクを取って業界に身を投じてる仲間なんです、と伝えたい。その時に大学院という響きが上手くハマっている気がします。

学問分野にも価値提供できるかもしれない

 さらに、学問の世界で最先端の研究に触れることで、逆にまだ学問分野が到達できていない領域も分かってきました。
 例えば海産養殖魚の研究では、環境を統制した屋内水槽での試験や小規模な試験用の洋上生簀での試験が多く、商業規模の洋上生簀での試験は限定的です。魚の成長には一定の期間もかかるので、商業規模で試験しようとすると餌代も高額となるし試験内容によっては多くの魚を斃死リスクに晒す事になります。その上環境の統制が基本的にできないので試験の再現性を担保することも本質的に難しい。けれども試験水槽と商業生簀では環境的にも生育のオペレーション的にも異なってくるので、現実社会に生かせる知見を得るためには商業生簀でのデータ取りも不可欠です。
 この課題に切り込めるのが、IT/IoTの力なのではと考えています。各地の漁場の商業生簀の長期的なデータを取得・分析して新たな知見を得るという新しい研究手法が可能となります。
 元々は学問の知見を現場に、という発想しかありませんでしたが、逆に現場から生まれた技術を使って学問の前進に寄与したい、寄与できるかも知れないという新たな思いが芽生えたことも、大学院進学によって得られた大きな価値でした。


以上、社会人大学院の体験についてまとめてみました。
総論、めっちゃお勧めです。知的好奇心を満たすことに喜びを感じるタイプの人には特にお勧めしたいです。
厚労省の教育訓練給付制度で、条件によっては学費の補助も受けられるようなので、気になる方は調べてみてはいかがでしょうか。


(P.S. 生物を学んでいる方、ぜひお友達になっていろいろ教えてください😭🙇‍♂️)

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