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エマニエルの椅子

うちに藤の椅子があった。いや、正確には今もある。ただ、もう藤の編み目がぐちゃぐちゃになり、今や硬い針金みたいな輪郭だけが残って、いつ粗大ゴミに出そうかと思っている状態でほったらかしにしている。

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僕が小学生入ったくらいだったか、母親が買ってきたものだ。
小さなリビングのステレオの前にドーンと置かれていた。
明らかにそこと不釣り合いな籐の椅子だった。
母親は「エマニエルの椅子やで」と言ってた。

「あぁ」とわかった人は40代以上やろか。

“エマニエル”とは1974年に公開された「エマニエル夫人」という映画からきている。
ジュスト・ジャカンという監督が、シルビア・クリステルという女優を主演に撮った映画。
女性向けポルノとして、その宣伝の巧みさと、紗のかかったちょっとソフトフォーカスな映像、美しいシルビア・クリステルの存在と透明感のあるスレンダーで美しいヌード。そして何いうてるかわからへんけどおっさんのフランス語で歌われる印象的でアンニュイなテーマソング。
そんなおしゃポルが、一般映画の劇場で公開され超大ヒット。女性同士が大挙して見に行く、それに追随して男たちも女性が見てるんならどれどれと足を運び、当然マスコミが紹介し、さらに地方にも広がり社会現象に。そして日本でも日活ロマンポルノ「東京エマニエル夫人」や東映ポルノは五月みどり主演で「カマキリ夫人の告白」なんて柳の下のドジョウならぬお乳ものが作られ、それもヒットしたくらい。

ドリフとか漫才のネタでもエマニエル夫人や○○夫人とか頻繁に笑いとして消費され、子どもでも映画は見たことないけれど知ってた。

そんな「エマニエル夫人」のポスターのビジュアルは、胸をはだけたシルビア・クリステルが籐の椅子に座っている姿だった。

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そういや滝川クリステルという存在にシルビア・クリステルを思い出すのはやはり40代以上やろか。

「探偵ナイトスクープ」で、いろんな世代に籐の椅子を見せて、「この椅子、なんて呼びます?」とか、「○○○○クリステル」ってフリップで見せて、誰やと思います?とか調べて欲しいな。

でもって、その印象的なビジュアルは、見ようによっては背もたれの部分が、まるで光背を背にしている仏さんや観音さんのようにも見え、当時の日本人には信仰の対象のようにも思われたのかもしれないなぁ。

とはいえ、籐の椅子をはじめとした籐家具は70年代、今作が公開されたことでものすごく売れたそうだ。
庭に置くとちょっとしたバカンス気分が味わえ、室内にもマッチする。デザイン的にも手工にも手が込んでいて、華美に見えるにも関わらず通気性もよく持ち運びも便利で比較的値段もお手頃(きっとアジアの方たちが安い賃金で作らされていたんだろうなぁ)だったので、それまで庭に置かれたりしていた重厚さ漂う陶器のガーデンファニチャーや高価な木工家具から取って代わったみたい。

ポスターに使われた椅子は、正式な名称をピーコック・チェアと言うらしいけど、映画の大ヒット以降はすっかりエマニエルの椅子で定着してしまった。
だから母親も当たり前のように言うてたのだ。

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きっとエマニエル夫人のように、何度か足を組んで座ってみたに違いないだろうなぁと思うし、もしその頃、インスタなどのSNSがあれば、バエる椅子としてアップしてたかもしれない。

実際、僕が映画「エマニエル夫人」をちゃんと見たのはずいぶん後、テレビ大阪で年末に深夜放送された時だったと思う(今思えばゆるい時代・・・)。
すでにAVはあった頃だったので、期待の割には大人しい感じの印象で、前記したような紗のかかったような映像の中でスカッシュ(今作でこのスポーツを初めて知った!)をした後にレズビアン行為に走るというシーンと、映画の舞台となったタイのゴーゴーバーみたいなとこで踊ってるアジアンガールズやアヘンとかでメロメロなってるシーンしか思い出せない(今思うと、この映画キッカケでオヤジたちがタイにGoTo買春ツアーへ行くなんてのが流行ったのかもしれないなぁ)。

ま、映画の内容としては続編が作られたり、スピンオフというか亜流というか、エマニエルという名前さえつけといたらええやろ作品が作られているけれど、1作目の衝撃は超えられていないし、エマニエル夫人=シルビア・クリステルであることは確か。
彼女は2012年に60歳で亡くなっているけれど、こうやって代表作があるのは凄いことだ。そしてエマニエルの椅子として今も連綿と語り継がれていってるのも感慨深い。
イームズやコルビジェといったデザイナーの名前がついた椅子はあるけど、映画のキャラクターが愛称になってる椅子は他にないんやなかろうか。
あ、バッグはジェーン・バーキンやグレース・ケリーのがあるけど。

ご飯とカレーを混ぜて生卵を乗せた名物カレーで有名な大阪千日前の老舗洋食屋「自由軒」には“トラは死んで皮を残す、織田作死んでカレーライスを残す”と、「夫婦善哉」などで知られる作家・織田作之助が贈った言葉があるけれど、うちで言うたら“椅子は壊れて枠を残す、シルビア死んでエマニエルを残す”といったところやろか。

とはいえ、枠だけのエマニエルの椅子、カサ高いわ・・・。

ちなみにかつてひろしもエマニエルの椅子に座ってはりました。

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