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何故、僕は「養豚家」ではなく「豚野郎」なのか

前書き

このnote,マガジンは
「豚野郎」として様々な形で豚を届ける仕事の中に
どんな想いがあるかをお伝えし、
そこに共感はなくとも賛同や応援してもらえたら嬉しいなと思っています。
勿論知らなくていいことは沢山あるんだけど、
畜産自体があまり人の目に触れない仕事だからこそ、
経験や思考、そして想いを通して、
少しでも畜産や豚肉を知ることができる意味はあるかなと思い、
農場のことや商品のことについて伝えたいことを書いていきます。

はじめに

こんにちは。
巷では「豚野郎」と呼ばれています、倉持です。

自分の代名詞として使っている「豚野郎」という言葉。
今となっては「豚野郎ののぶさんです」なんて紹介いただくことも多くなってきました笑

ちょっとした理由やストーリーがあるのでお話ししますね。
テーマ的に自分語りが入らざるを得ないのですが、ご容赦ください。

ちょっと改めて自己紹介させてください。

僕は1990年生まれの28歳で
茨城の古い家の26代目として生まれました。
祖父の代に始まった養豚業を家業としており、大学卒業後は紆余曲折を経て今年代表になりました。
事業としては養豚業の他に生産した豚肉を使った加工品の制作販売や6次化プロデュースをしています。販売は後述しますが主にSNSでの直売を行なっています。

リブランディングを目的に今年クラウドファンディングに挑戦しまして、現在そのご支援で農場直送ブランドを構築したり、HPやwenshopを作成しています。

いずれは直営店を持ったり、食べられる場を増やしたり、色んな「やってみたい」を1つずつ潰していかねばなりません。
仲間も欲しい。(ボソ)

ということで、養豚家であるというのは事実なんですが私が「養豚家」を名乗らないのにも少し苦かったり小賢しかったりする理由があります。

豚飼いとしての養豚家にはなれなかった

大学卒業後、就活からドロップアウトした私は実家に戻り、家業の養豚場に就職したのですが、正直落第どころの騒ぎではありません。

呼吸器が弱くてマスクなしでは30分と呼吸が持たない、とか
豚アレルギーで素手で触ってると腕が赤くなってしまう、とか
なんの使いどころもない人間でした。南無三。

昔遊びに行っていた頃はなんの問題もなかったのですが、くしゃみは止まらないわ、散々でした。

かくして、かつては動物図鑑を持ち歩いていたベイビーだった私も一人前の豚飼いになるには難しいものがありまして、その後精肉の販売やハムなどの加工品について学ぶことを選びました。
幸い仕事柄ツテには恵まれていたので
・と畜場
・カット工場
・ハム工場
・スペイン留学(生ハムのために)
などなど、色んな経験をさせていただきました。ここに関してはただただ親に感謝するのみです。

しかし、私は1つのことに気づきました。
僕はどれも一流になれないなーと
養豚家でもない
卸業者でもない
獣医師でもない
ハム職人でもない
料理人でもない

あぁ、自分はそういう1つを極めるとか、そういうのができる忍耐力ないんだなぁとも感じました。常に動いていたいし。

方向変換

でも1つだけ、親の仕事に携わりたい理由がありまして。
父はとにかく、旨い豚肉を作っていました。
本当に物心ついた時から食べてきて、一度もぶれたことが無い。
そうでなければ継ぐ理由もなかったんですけど、
生産側でも無い頃から僕自身が豚肉のファンでした。

その後決意したのは
「もう、これだけ美味しいのだから無理に農場に拘らず、自分だからできる仕事をしよう」ということです。

もう、80,90点で仕上がってるものに1点2点を足して悦に浸るくらいなら私は別の領域に飛び込んで新たな80点を作っていけばいいじゃないかと

父が作った豚肉を私が広め、売って、届けていけばいいじゃ無いかということで動きを変えました。
ここまで話をしていると関係良好のようですが農場にいると四六時中怒鳴り合いの喧嘩をしていたのだから親子というのは難しいものです。

その後は
webshopの構築
写真を撮る
商品を作る
SNSでの発信や営業
顧客対応、発送 などなど
という今までほぼ0だったものに着手しました。

やりたいことがあっても金がない
→とりあえず安いものでやってみよう、とかで
大学の後輩に写真教わって、また大学の後輩にwebのこと教わって、、
会社からお金を出すにもまとまった金額を出すに十分な理由と証拠がいる
→それならクラウドファンディングをしよう、と
今年はクラウドファンディングにも挑戦しました。

愚直にTRY &ERRORをガツガツやってみた結果
今では少し光が見えてきたのですが、ここまでには
飲食店に飛び込み営業したりとか
マルシェに出て棒立ちで客0とか、
その他無数の揉め事、色んな経験をさせていただきました。人生万事9割のことはうまくいかん。

前職も勤めもなく、先輩も同期もなく、ビジネスについて何も知らなかった自分は無知で白痴で遠回りをしているなぁと感じることばかりです。

今となっては突飛な動きをしていたおかげか色んな人に支えられています。
ただ、これも普段農場を守ってくれるスタッフや親父がいるおかげで。
ここを忘れてはいけなくて、自分が最も恵まれてたなと思う部分です。

豚野郎ですって、オホホ

そんなある日、いい感じに酔っ払ったZOZOの田端信太郎さんに「豚野郎!ガハハ!」と言われたのですが
豚野郎という言葉がすごく馴染んで、しばらく頭の中で反芻していました。
それまでにも「豚野郎」と言われることはあったんですが
( 一応名誉のために言いますが決して罵声を浴びせられたわけでは無いんです、本当です)
気づけばあれだけ嫌だった豚の仕事が今では毎日豚や豚肉のことを考えて、移動しても、床についても
どうやったら売れるのか、
幾らならいいだろうか、
どんな施策を打とうか、
どんな言葉や訴え方なら興味を持ってもらえるんだろうか
仕事のことを考え悩むようになっていました。

彼が「メディア野郎」と、呼ばれるように、私も狂ったように豚に没頭している姿を見てか「豚野郎」と呼んでくれたならこれほど嬉しいことはないな、と
「野郎」にはそんな、一人没入する姿を表すに足る優しさと寂しさを感じてます。

エバンジェリスト、なんていうと聞こえはいいんだけどそんな美しいもんでもないし。泥とクソにまみれた豚野郎。いいじゃないか!と思ったのです。

何より「養豚家」っていうと自分と関係ないと思われるけど
「豚野郎」だと「?!」ってなってくれるのもあるんですけどね。

ドMだからってわけではないんです。Mだけど。

嘗ては知り合った女性に「食品系です(キリッ)」と清々しい嘘をついていた私もいつしか胸を張って「豚屋です」と言える様になったのはこのころからな気がします。
やはり、正直に「農業、モテない」みたいな意識とかがあった。
(モテないのはそのマインドなんだということ、わかってます)
でも、自分の仕事に前向きに自信を持てる様になると自然と魅力的になるんじゃないかなと今は思っています。

豚野郎、夢を持つ

豚が生まれ、育ち
命を絶たれ、肉となり
加工され、販売され
調理されて、食べられる。

私はそのどれの1流になれなくともその脈の流れをこの目で見てきたからこそ思うのは
自分のところで生まれた豚には、せめて1番の価値をつけたいという思いです。
これは、そりゃもう壮大なエゴイズムなんですけど
確かに「死ぬために生まれる」ような話ですから見る人によっては非常に業が深い仕事なんですけど

だからこそ食べ物として1流であってほしいと願うばかりなのです。
人に選ばれる、認められる、求められる、そして愛される
そんな存在にしてあげることがせめてもの報いなのかなーと今は思っています。

自分自身、ずっと仕事に前向きに取り組めなかった中で
ある日お客さんが「本当に美味しいね」と言ってくれた日から仕事が楽しくなって、それ以来夢中で豚漬けの毎日を過ごしています。

そして
彼らが選ばれることは僕が選ばれ
彼らが求められることは僕が求められ
彼らが認められることは僕が認められ
彼らが愛されることは僕が愛されること
生産したものが我が子のようで鏡の様でもあるのはそういうところじゃないかなと思っています。
僕にとって求められるとか、愛されるってのは幸せで、それを叶えてくれたのは僕らの豚で、今日における自分の生きる意味を与えてくれたのも僕らの豚。
だからなお一層そんなことを思うのです

農場で愛情を持って、育てるのも仕事だけど
その価値を高めることも、売ることも仕事。
作ったものが選ばれるのは作ることよりも難しい。
でも、自分で売ってこそ「商売」なんじゃないかと思うので色んな勉強をしてみています。

豚野郎として生きる

どうせやるなら、突き抜けて楽しくて面白い方がいいから
今後も自分が思う様に「豚野郎」に向かっていきます。
現時点での結果論としてはドロップアウトしてたからこそ色んなことを知れて、今溌剌といきていられるなぁと感じています。

流されるままに就職面接を受けて「なんか無理」でやめてしまったり、、こういう奴(私)は結果苦労するか、ひもじい思いをします。

昔、後継者の会に行った時、その場の同業者に「加工品やってみたいんです」と言ったら
「まずは農場だろ」とお言葉頂戴し「そうですか」とその場を後にしました。やったことないことを断定する人は責任なく足を引きずるから。彼はおそらく今も農場にいます。良いか悪いか別として。

物事に「極める」なんてものはない。ずっと技術や知識が進歩更新される中で100%なんてないんだから、「これが完璧になったら」という人は動かないんだと考えてます。
勿論基礎は大事です。ここは間違いない。

柔らかい頭で色んなことに挑戦するとかってのは絶対、絶対若いうちにやった方がいいって今は思います。やらなきゃよかったことは1つもないから。

海外留学すれば周りが皆若くて、カルチャーに馴染んだり関係構築するのには年が近いに越したことはないし
webshopとかSNSやるとかも、そう。
自分は変えられるけど飛び込んだ先は変えられないから
万事遅すぎることはないとは思うけど、早いに越したことはないです。

一通り仕上がってしまった頭では新しいものを弾いてしまいがちだから、やってみたいがあるなら失敗のダメージも軽い若いうちに飛び込むのをお勧めします(リスクを考えるのも大事だけど)

嫌なやつだけど、僕の基本姿勢は「うるせぇ」です。(杉村太蔵氏のしくじり先生は神回なのでみて欲しい)

自分に軸があってアドバイスを取捨選択するのも自分。道を選ぶのも自分。
全て自己責任というのではないけど、「自分の人生を生きる」ことは怠けずにいたのでそんな風に思います。

人がやってないことやろうとしてるんだから、なおさら先人はいないと思って開拓してかないといかんから失敗逆襲批難は避けられない。

尖っていたり、反骨精神旺盛でいると、しんどい事も少なくないです。
でも誰もみてない光景が見れるかもしれない。
皆と同じ様に頑張れない自分だから、全然違う方向に突き抜けて、誰も来れない場所に仲間と行こう、と今はそんな風に思っています。

価格競争もしたくないし、不毛なブランディング戦争も関わりたくない。
でも玉石混交の銘柄豚・ブランド豚の中で「選ばれる」豚肉にしたいし
僕自身が誰よりも「こうありたい」を持って追求していると思っているし
選ばれたいと誰よりも思って行動している自負はあります。

本当の意味の「ブランド」というのはこちらから押し付けるものではなく周りやお客さんが「〇〇のは、〇〇だよね」と認知して初めて出来上がるものだから

自分が思う美味しさとか面白さとか、考え方とか取り組みをもっと多くの人と共有できたらいいなぁ。色んな工程に関わって、作るところから口に入るまで、あわよくば笑顔まで見届けたいなぁって思っています。

販売もしてるし、発信も、たまにイベントとかもひらいているから、
知ってくれるだけで嬉しいし、食べてみてくれたらもっと嬉しい。
美味しいって思って応援してくれたら最高に嬉しい。
ここまで読んでいただけただけで万々歳なのです!

本当にありがとう!

ちなみに、農家として販売を始めたりした背景はこっちの記事に書いてるので、また時間がある時に読んでくださいな。

これ書いて、ちょうど半年くらい。アゴラさんにも掲載していただけて嬉しかったなー。今回は緩く自分について書いてみました。
また半年経つといろいろ変わるんだろうか。
今までの人生で今が一番、目まぐるしくて、苦しくて、楽しい。

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なんとなく有料設定にしてしまいましたがこれで全文です。
noteは買わなくていいので、もし、機会があったら豚肉食べてみてくださいね!

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何故、僕は「養豚家」ではなく「豚野郎」なのか

Nobuhiro Kuramochi

100円

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「飲める脂の忘れられない豚肉」の豚屋 #山西牧場 代表取締役 巷では豚野郎と呼ばれています。 弊社HPwww.yamanishifarm.net
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