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詩日記

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日記的詩
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2024年3月の記事一覧

春の濃度

朝日が射し込む角度は春
眠い目を擦りながら
目的地に着くまで停まらない時間から降りる

湿った暖かな微風
半袖姿の少年
桜の木に止まるうぐいす
春の濃度が増す

窓を開けて
息を吐く吐いた分だけ息を吸う
春の香りが気管から肺へそれから全身を駆け巡る

夜に救われて

夕日は水平線に融けて
空が夜色に塗れる

朧げな半月と
それぞれ地球との距離の異なる星々が
静かな夜をより一層鎮める

夜が夜である限り
今日は終わらない
明日は始まらない

暗い夜が
頭を撫で
頬擦りし
肩を包む

何度も今日の夜に救われ
なんとか明日を生き抜いている
夜に感謝してもしきれない

夜への恩返しについて考える時
結論が出る直前でいつも眠りに就てしまう
夜に救われてばかりだ

床の血塗れ

暗くとても暗く寒い晩冬の台所で
ガラス片みたく角の尖った言葉の断片が
裸足の足裏に刺さるも
床の冷たさが痛覚を麻痺させる

お湯の出ない蛇口を捻って
薬缶いっぱいに水を入れて
青い炎で湯を沸かす

その間に風呂を沸かす為
風呂場へ向かうと
浴槽の片隅に蜘蛛がひっそり佇む

蜘蛛は動くことと動かないこと
どちらをも選ぶことなく
ただそこに居る

暫く見つめていると
時間の感覚を見失い
やがて視界がぼ

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洞穴

今日から明日への道中で
人ひとり寝転べるくらいの小さな洞穴を見つける

一休憩と思い
洞穴に身体を寝転がせる

はちみつの甘い香
桜が咲き始める夜の涼
夢と現実の間へと誘う純連の紫

月光さえ射し込む余地のない洞穴で
眠に鎮む

雨をはじめる一滴目が降り始めてから
雨を終える最後の滴が降り終わるまでの間
湿っぽい古びた雑居ビルの二階の窓辺で
幾つかの詩を書く

自分が書いた詩を自分が読む
読み込むほど自分の詩に辟易する

ほとんど角砂糖みたいな甘ったるい飴を
舌で数回転がしてすぐ噛み砕く

改めて窓の外を見てみると
一度止んだ雨がまた降り始める
閉じたノートを開いて雨という題の詩を書き始める

地続き

昨日の雪
今日の雨

用水路は雨が降った分増水し
集積場に集められた生ごみは濡れ
枯木から傘に雨水が滴り落ちる

夜みたいな昼
朧月みたいな夕日
年の瀬みたいな春のはじまり

晴れたり雨が降ったり
あるいは雪が降ったり
昨日と今日と明日の違いは
空模様くらい
それくらいしか無いの

地続きの日々を坦々と歩く

精神の虫

茶褐色の胴体に六本の足を携えた一匹の虫が、精神の内側を、輪郭をなぞる様に歩いたり、或いは飛びまわる。昼、一匹の虫は音ひとつ立てず寝静まっている。夜、部屋の灯りを消して目を閉じて精神が眠りに着地した瞬間、一匹の虫は起き上がり這って活動を始める。朝、小さな窓から朝日が射し込むと、途端に一匹の虫は活動を止めてその場に倒れ込み、一瞬にして深い眠りを手に入れる。昼夜問わず、一匹の虫は精神の反応、つまり喜怒哀

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夜の公園

低い鉄棒と高い鉄棒が二つ並んで
低い方の鉄棒に手袋が
高い方の鉄棒に帽子が
掛かっている

薄明かりの街灯が
舗装されていない砂利道を照らし
幾つかの影が往来する

風が吹いて
風が止む
ブランコがほんの少し揺れる

人の声が聞こえる方を振り向くと
ただ枯れた木が立っている

冬と春
季節が重なり合い
巡り合う

ため池

菌で澱んだ声帯から
痰が絡んだ喉仏を振るわせて
伝えたい言葉が音になり損ねて霞む

伝えたい事
伝えたかった事
何一つ言葉に出来ずに
声帯の奥底にあるため池に溜まっていく

つい昨日伝えたかった事は
既に底の方に沈み見えない
取り出す事も到底出来ない

伝えようと思えば思うほど
ため池の水は濁りを増す

あの時伝えたかった事が
声帯まで浮かび上がるのを
暗闇で待っている

掃除

何もする事がないということはない

布団のシーツを洗って干す事
玄関の砂埃を掃いて靴を揃える事
窓を開けて空気を入れ替える事
花の挿された花瓶の水を変える事
年に数回しか履かない革靴を磨く事
テレビの裏のコードに絡まった埃を取り払う事
椅子と机の脚を吹き上げる事
お風呂の床を磨き洗う事
箪笥に仕舞った服を整える事

汚れた物や
使わない物や
散らかった物を
元に戻す事

元に戻してから
本当の一日

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海を歩く

沈みゆく陽の光が
海面にすうっと伸びて
水平線が燃える

闇夜に真っ黒く塗り潰された
海を月光だけを頼りにして歩く

灯台の明かりがうっすら見えた瞬間
穏やかな波に飲まれ
暖かい海流に流され
静かな深海に沈む

春陽

薄い靄が張る空に
輪郭のくっきりした太陽が燃える

蕾を付けた木々の影が
柔らかく揺れる

アスファルトに散り散る
ガラス片が煌めく

道端に咲く純連の紫で
春の絵を描く

駐車場で日向ぼっこする
猫を写真に撮る

雨雲

駅から家までの小路で
雨雲と鉢合わせ

ソーダ水みたいな軽やかな雨粒と
冷めたお風呂の湯みたいな温い雨風と
こんにゃくみたいな黒混じりの灰色の雨雲が
祖母が孫を抱く様に街を包む

古民家の軒下に
雨雲から隠れる

雨雲が前を走る風を追って次の風に追われて流れる

踏切を越え
国道を越え
河川を越え
山林を越え

雨雲の過ぎ去った街に春が薫る

朝の微睡み

小さな窓から射し込む陽光は
春の温もりを纏っている

食パンを齧る音
うぐいすが鳴く音
洗濯機が回る音
冷めた珈琲を啜る音
鼻を擤む音
色とりどりの音が朝を奏でる

一日を始める為に
幾つかの詩を読む

いつまでも始まらない一日
いつのまにか誘われた微睡み
眠に就て眠から覚めるまでは一瞬

朝は微風に吹かれて
次の風が昼を連れてくる