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詩日記

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2023年5月の記事一覧

沈む

沈む

海の向こう側にいるあなたに
届かなかった思いや
伝えきれなかった言葉や
溢れるように流れ出た涙が
身体と一緒に冷たく暗く静かな海の底に沈んでいく

身体から湧き出た感情は
泡となって浮き上がり
水面下でそっと消えた

現実と夢と

現実と夢と

現実から逃げたくて
ずっと逃げているのに
現実は追いかけてくる

追いつかれて逃げて
追いつかれてまた逃げて
追いつかれるたびに逃げ出す

いっそ現実に追い抜かれて
置いてけぼりにしてくれたらいいのに

夢に追いつきたくて
ずっと追い続けているのに
夢は逃げ続けている

薄く
小さく
ほんの少し
見える夢の背中を追い続けている

いっそ現実に追い抜かれて
代わりに現実が夢に追いついてくれたらいいの

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少女

少女

街の片隅にある
雑居ビルの階段に
たったひとりで
少女は座っている

黒目は真ん中に
唇は閉じたまま
笑うことも泣くこともない
喜怒哀楽を失ったのではなく
もともと何も持たずに
少女は座っている

毎日同じ場所にいて
毎日同じ格好をして
毎日同じ人間として
少女は座っている

いつの日か
あの場所で
その少女は
目を向けて
唇を開いた
絞り出した言葉は
海の向こうの
遠い国の言葉だった

返す言葉

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日常

日常

朝、
カーテンの向こうにある世界を眺める
バタートーストと昨晩の残りのみそ汁を食す
ベランダに咲く薔薇を見ながら洗濯物を干す
珈琲を一杯点てる

昼、
街の隅にある小さな書店で買った本を読む
冷蔵庫で眠る残り物を組み合わせてランチする
濁った青色のカーペットの上でうたた寝をする
ひとりでいる

夜、
何回も聴いた曲をまた何回も聴きながら口遊む
いつもと同じ畳み方で取り込んだ洗濯物を畳む
今日食べる

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明日の風

明日の風

西から東へ

葉桜を揺らし
朝顔を撫でて
白雲の背中を押して
青空のお腹をさする

東から西へ

夜のカーテンを揺らし
うぐいすの頬を撫でて
溜まった洗濯物を乾かして
あの日の記憶を連れてきて

明日は明日の風が吹く

あの日の記憶

あの日の記憶

あなたと一緒に乗ったあの日の電車と同じ電車は今日も沢山の人を乗せて走る

あなたと一緒に見たあの日の夕陽に似た夕陽が今日一日に無言で別れを告げる

あなたと一緒に食べたあの日のアイスが忘れられず仕事帰りにふたつ買って帰る

あなたと一緒に歩いたあの日の砂浜のような駅から家までの道のりをただひとり歩く

あなたと一緒にいたあの日の記憶が今日を生きる意味となってわたしを生かしている

夕陽と夜の間で

夕陽と夜の間で

夜の暗闇に飲み込まれぬように、落ちていく夕陽を必死に追いかける

夕陽は追われていることも知らずに、地平線のその先に落ち続ける

わたしは今落ちた夕陽を脳裏に焼き付けて、夜に飲み込まれる

布団の中

布団の中

外の世界が朝を迎える頃
布団の中は未だ夜を纏う

地球が太陽の光に温められる頃
わたしは毛布に包まって温まる

空が黒く塗りつぶされる頃
灯のない暗闇の深淵で眠る

光もない
灯もない
人もない
冷たい温もりだけがある

一年

一年

一秒、一秒、また一秒と続いて
長針が一分進む
一分、一分、また一分と続いて
短針が一時間進む
一時間、一時間、また一時間と続いて
一周、二周、周り一日進む

朝を迎えて夜を超える
春を歩いて夏を走る
秋を飛んで冬を這う

雲に乗って空を駆ける
雨に流されて風を追い掛ける
太陽に溶かされて海を潜る

今日が昨日になって
明日が今日になって
一日、一日、また一日と続いて
一年進む

一年前と似た少し冷

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月光

月光

静寂に包まれて
暗闇に覆われた
深淵の夜

自分の足音以外に音はなく
半月の月光以外に光はなく
昨日と今日あるいは今日と明日の境目に線はない

これまで歩いてきた道も
これから歩いていく道も
見えない

今踏み出した一歩と
次に踏み出す一歩だけが
半月に照らされている

おもいやり

おもいやり

わたしがみた新緑と
あなたがみた新緑は
きっとちがう色の緑で

わたしがきいた鶯の歌と
あなたがきいた鶯の歌は
きっとちがう音色の歌で

わたしがかんじたあなたの温もりと
あなたがかんじたわたしの温もりは
きっとちがうやさしさを持つ温もりで

わたしの一歩と
あなたの一歩は
歩幅も速度も歩き方もきっとちがう一歩で

わたしが歩いてきた道と
あなたが歩いてきた道は
距離も坂の数も地形もきっとちがう道

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パンとコーヒー

パンとコーヒー

静寂の朝に清涼の風がそよぐ

新緑の中から小鳥の声が響く

食卓にパンとコーヒーが並ぶ

わたしのとなりにきみがいる

これを幸せと呼ぶ

風

洗濯物をベランダで干していると
東から吹く風が木々を揺らす

学校へ向かう子どもたちの声と
小鳥の囀りが重なり合って風に乗る

ずっと昔のことや
つい昨日のことや
今ここにいること
が一緒に風となり一瞬で自分を追い越す

忘れていたことと
忘れられないことが
風と風の間で交錯して
柔軟剤の匂いがふわっと香る

夏の訪れ

夏の訪れ

それはいつも予兆なく急で
こちらの事情など関係なく
勝手気ままに飄々と訪れる

箪笥の匂いがするTシャツを着て
サンダルを履いて玄関を出る
薄汚れた自転車のサドルは熱を帯びて
余儀なく立ち漕ぎをする
車の下の影に寝そべる猫と目が合って
顔見知りの人と会ったみたいに会釈する
じんわり滲む額の汗を袖で拭こうとすると
若い朝顔が咲いているのが見える

鼻で吸った空気は熱く
目に映った色彩は濃く
世界の扉

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