心の弱さが出なかっただけ儲けものです
今年も残るところあと1週間。今月は2大会、ジムのスパー大会がありました。振り返ります。
またもや試合前に怪我
試合6日前、練習中「バキバキバキ」と激しいポップ音を立てて、足が伸びました。相手もびっくりして手を離すくらいの音。甲側の靭帯を伸ばし、側面も捻ってどす黒く変色。
最初二日は軟骨がずれているのか、地面を踏むたびに骨と骨が擦れる音がしました。でも、8月も似た箇所の怪我はあったので「座って戦う!」と試合のエントリーは取り下げませんでした。
試合前日までギプスばりに足を固めて練習は続けていて、テーピングを替えようとしたら激痛。楢山さんがテーピング巻いてることを思い出し、聞いてみました。先輩がいると助かります。
足関節は怖い?
前回8月の怪我はアオキロックからのエスケープをミスって、半分自爆で怪我しました。今回もアオキロックですが、デラヒーバフットロックで体重が移るタイミングで踵が浮き、そのままベリーダウンに巻き込まれました。今回はタップする間もなく、一気に引き伸ばされました。
ノーギ(グラップリング)で「足関が怖いから」という理由で避ける人は一定数います。僕もその気持ちはわかりますが、結局逃げ方や確率かなと思います。実際に僕はグラップリングで怪我をしたことがありません。2回ともギありのスパーリング中です。
初のASJJFに参加
12/2(土)東京国際冬季選手権@墨田区総合体育館に出場しました。
結果は、初戦敗退でした。。。
とりあえず試合の過程から。
怪我は試合の勝敗にはまったく影響しませんでした。相手の方がゲーム全体で見てだいぶ上手かったです。そのまま優勝されていましたが、決勝でも自分の得意をきっちり出していました。いつかリベンジしたいです。
前回準優勝した関東柔術選手権では2回もWガードからアドバン失点して、今回は上から行くぞと思っていたら、立ち技で思いのほか苦戦。相手によってプランを柔軟に変えねばなりません。
ジム仲間の鬼神Tさん
1回戦で負けてしまい、あとは仲間の応援です。
いつも所プラスで一緒に練習しているTさん(所属は川崎の別ジム)。準決勝までの3戦を余裕の1本勝ち(30秒以内)。決勝は肉薄しましたが、全日本マスター2優勝者のFさんに3-2で競り勝ち優勝。マスター1のトーナメントで1,2位がマスター3,2の人というおもしろい結果でした。
このTさんは41歳。3年前に柔術を始める。今年青帯に昇帯した翌月の全日本マスター(マスター3)でそのまま優勝してしまう強者。
僕はいつもTさんにボコられすぎて「俺は弱いんだ」と思っていたけど、自分も試合に出るようになってみると、Tさんの異常さに気づく。20回中18優勝(ほぼ全て1本勝ち)くらいで「この人は特別なんだ。身近に強い仲間がいるとありがたい」と気づけたのがよかったです。
毎週練習ではボコられますが、所属はお互い別なので、いつか勝負したいです。
ジム内スパーリング大会と親友の死
翌日は所プラスの12周年パーティー&ジム内大会でした。足はヤバめでしたが、試合ではないので、出場。配慮して右足は避けてもらいました笑
ゲストに来られた寒河江さんともスパー。ノーギでベリンボロ狙ってみたら、余裕でカウンター食らいました。
パーティー中の突然の訃報
ジム内大会は無事に終了。続いてパーティーと言ったタイミングでLINEの通知が来る。親友Hの妹から兄が亡くなったという知らせでした。脳腫瘍で手術してそのまま起きることなく9日間をベッドで過ごし、この日の午後に息を引き取りました。
正直パーティーは気が重かったです。でもここで悲しんでも友人が帰るわけではない。いつになく酒を飲みました。普段は行かない2次会にも参加。やはりお酒と仲間のおかげで楽しい時間を過ごせました。でもやはり一人になり帰路につくと、急に酔いが覚めて悲しくなりました。結局夜も眠れそうになかったので、noteを書きました。
この週の平日に休みを取り、夜行バスで岡山へ。葬儀だけ終えて昼の新幹線で東京に戻りました。やはり顔を見ていて良かったです。しっかり死んでました。親友が脳腫瘍で手術をしたのが11/24。彼が生死をさまよっている間に、チバユウスケさんが11/26に亡くなりました。親友が大好きだったチバさん。
最後は小学生の頃からの仲間たちと笑顔で送り出しました。
しゃかりきに動きすぎてインフルエンザになる
気が滅入るのは仕方ない。でも僕の生活は続く。仕事は待ってくれない。僕が悲しんだとて、親友はもう戻らない。いつも以上に仕事を詰め込みました。この週は必要以上に仕事をつっこんで動きました。職場でもジムでも「大丈夫ですか?」と言われたのでよほど顔色が悪かったのでしょう。
とか言ってるうちにダウン。過労かなと思いました。39℃の熱が出ても休まず動いていたので(これは無理を通り越して周りに迷惑だったと反省です)、そのままダウン。病院で検査したらインフルエンザA型でした。ジムも1週間は休みました。
練習を再開して、4日目が昨日のパンクラス杯でした。
パンクラス杯はアダルトで出場
以前のnoteで書いたWさんとルースター級で戦いたかったですが、昨年の減量苦や親友のことがあり、今回は減量せず。11名がエントリー。プロ修斗2名、サンボ大学日本選手権王者、10月の全日本に出たアダルト柔術家たちも参戦。強者揃いのトーナメントでした。
試合前、以前ボコられたSさんと再会
会場に入ってすぐ、8月の大会(GroundImpactEast)で対戦したSさんがちょうど表彰に上がるところでした。Sさんは翌月に紫帯へ。この日は三つ巴戦を制して優勝。声をかけたら覚えてくれていたばかりか「note見てます」と言われて驚く。
これまで出た試合で、心を折られたのはSさんとの試合が唯一。初の完パスしかも2回。10点差で最後は一本負け。
白帯時代から含め、この試合が初めてのマスター2だったので「マスター2の方がアダルトよりヤバいのでは?」と思わされました。その後たくさんマスター2で試合すると、Sさんが特別強かっただけことを知るのですが、いい経験になりました。2年後には僕も紫帯に上がるので、再戦したいです。
シードスタートで2回戦から
夏から月1回ペースで試合に出ているので試合前の緊張はほとんどなくなりました。とはいえ、今回はアダルトの強者揃い。
初戦を観戦。プロ修斗・大竹陽選手が9点差で初戦を勝ち上がる。「うわー、こんな強い人とやるんか」と慄く。でもMMA選手なので寝技の練習時間だけなら負けていないはず。しかもギあり。やってやる。
2回戦
準決勝
準決勝は橋本敦貴選手。調べてはいました。あの井手智朗さんと2-1まで持っていっている。どこまで戦えるだろうか。
腕を折られなかっただけ良かったです。一本で負けることは全く恥ずかしくもないですが、最後の最後まで粘る根性は出せました。
決勝戦でも橋本選手はワンレッグX、ディープハーフからのスイープで点を取っていました。上手い人は自分の得意パターンを持っている。さらに橋本選手は状況に合わせて細かくポジションを使い分けている。これで青帯というのが驚きです。
ひさびさのアダルト出場は成果あり
今回の収穫は気持ちが折れなかったことです。2戦ともタップを迷う場面がありました。タップすることは全く恥ずかしいことではないです。
でも試合直前でSさんと会ったことで「あの8月の試合のときのように自分に負けるわけには行かない」と自分を奮い立たせました。このスレスレの感覚を味わえるって試合は本当にやめられそうにないです。
結果は1勝ですが、自分に負けなかったという意味でこれまでで一番嬉しい大会でした。フィジカルもテクニックもまだまだ青帯トップ戦線には遠いですが、まだ柔術始めて1年9ヶ月。肉体的なピークを過ぎもうすぐマスター3ですが、紫帯までならアダルトで戦えると思います。
試合後はBJJ LABの打ち合わせへ
関内駅から京浜東北線で一気に田町駅へ。三田駅で。竹浦さんと橋本知之さんとBJJ LABについて打ち合わせ。
今後のコンテンツの話や、いろいろ。アンディさんのnoteの充実度が高いというのも話題に。
その後竹浦さんとシーシャへ。仕事の話もじっくりしましたが、それはいずれ形になるタイミングでBJJ LABアカウントで発表していきます。たくさんあります。
あとは僕の話。一競技者としてまだまだ自分の可能性を追求していきます。
今年はたくさんの試合に出ました。負け試合が多いですが、来年はもっと上手くなります。
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