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侠客鬼瓦興業 80話「兄貴の武勇伝とお慶さんのチャンス」(2024年5月21日更改)

(や、やめろ鉄、これ以上何を言うつもりなんだー!)
「デへー!実は兄貴なんて、廊下で豪快に滑っちまうんすよー!」
(だーーー!このバカ昨夜のソープランドでの事を、ついに言ってしまったー!) 
「ねえ、めぐみさん、すごいっしょー、兄貴マジすごいっしょー!」
(鉄ー、お願いだからもうやめてくれーー!!)
僕は心で叫ぶと、顔面蒼白になりながらめぐみちゃんの様子を伺った。 
ところが、めぐみちゃんは訳の分からない顔で
「廊下で滑る?」
「そうっす、兄貴ほどになると、部屋から抜け出して廊下で豪快にすべっちまうんす!」
「部屋から抜けて廊下で・・・?何だかよく分からないけど?」
首をかしげながら僕の事を見た。

「ねえ吉宗くん、何?その廊下で滑るって?」
「えっ?あっ、さあ?ぼくにも理解がはははは」
必死にごまかし笑いを浮かべながら、僕はさっとめぐみちゃんと鉄の間にわって入った、そして鉄の肩をポンッとたたくと
「もっ、もういいよ鉄・・・、僕の武勇伝は、もう語らなくていいから」
出来る限りの引きつった怖い顔で、鉄を睨み吸えた。
「えっ?で、でも兄貴」
「もう、いい!!」
「あ・・・はあ」
更に苦い形相の僕を見て、鉄はそのまま口をつぐんだ。

どうにか鉄を黙らせることに成功した僕は、ごまかし笑いを浮かべながら恐る恐るめぐみちゃんに振り返った。しかしそこには・・・ 
「廊下ですべる?」
小声でつぶやきながら、不思議そうに首をかしげている彼女の姿があった。

(まずい…、めぐみちゃん真剣に考えこんじゃってる)
「ねえ、吉宗くん?」
「はっ、はい?なっ、なんでしょう」
「今、鉄君が言った廊下ですべるって」
めぐみちゃんが不振そうに顔を上げたその時だった。

「よっちーちゃーん、おまたー!ほほほほほほー!」
堀の内の夜空に聞き覚えのある甲高い声が響き渡った。
(その声は、女衒の栄二さん!!)
地獄に仏、その時響いてきた栄二さんの甲高い奇声は、まさに僕にとって救世主の奇声だった。
「え、栄二さーん!」
僕は必死に苦笑いをしながら、声が響いてくる方角に手を振った。

「あらー?ヨッチーちゃんたら、うれしそうに手なんかふっちゃって、まぁ~かわいいこと、ホーホホホホホホ!」
栄二さんはうれしそうに笑いながら、僕たちのほうに近づいてきていた。そしてその横には、照れくさそうに笑っている綺麗な女性の姿があった。

「あれ、お慶さん、お慶さんもいっしょだったんですか?」
めぐみちゃんはそう言った後、はっと驚きの顔を浮かべた。
「ちょっとお慶さん、どうしたんですかその顔!?」
「あら、めぐみちゃん気がついちゃった。化粧で隠したんだけどね、へへへ」
お慶さんは沢村に殴られた顔で恥ずかしそうに笑った。 
「な、なんで!?」
「さっきのヤサオトコよ、ホホホホホホ、私が戻ってみたら、お慶ちゃん、ボッコボコにされてたんだわよー、笑っちゃうわよねー、ホホホホホ」
「だから、笑うところじゃないでしょ栄ちゃん!」
そんな二人の会話にめぐみちゃんは
「さっきの人って、あの婚約者さん?」
「元婚約者だわよ、めぐっぺ」 
「元!?」
「あっ、うん、ちょっといろいろとあってね」 
そんなお慶さんの言葉に僕は思わず目を輝かせてしまった。 
「元って、それじゃお慶さん、あの人と婚約解消を?」
「ちょっと君、人の不幸話を聞いてなんてうれしそうな顔してるのよ」
「あっ!すいません、つい」
「ついって何?」
「あの、追島さんにもチャンスが・・・、そう思って」
「追島にチャンス?」
お慶さんは一瞬眉間にしわを寄せた。 
「あっ!すいません、つい余計なこと…、追島さんあんなひどいことしちゃったんだから、やっぱり駄目ですよね、ははは」
僕はあわてて謝りながら、そっとお慶さんの様子を伺った。ところがお慶さんはさっきとは一変した優しい笑顔を僕に向けると
「追島にチャンスねえ・・・」
静かにつぶやきながらそっと目をとじた。
そして、ふたたび目を開けると
「追島に・・・チャンスじゃなくて、その逆かもしれない」
そんな意外な言葉を口にしたのだった。 
「逆?」
「えっ!?何で?」
僕とめぐみちゃんは目をパチパチしながら顔を見合わせた。
「あの、お慶さん逆って?」
「私が・・・、私があの人にチャンスをもらえるかどうか、かな」
「お慶さんがチャンスを?」
「何で?どうして?」
僕とめぐみちゃんは訳が分からず、となりの栄二さんを見た。
栄二さんはうれしそうに、手にしていた派手な扇子をパタパタさせると
「まあ、大人には大人の、いろんなことがあるんだわよ、ホホホホ」
そう言って笑いながら、追島さんのソープランド事件の真相を話してくれた。

「それじゃ追島さんは、ソープのお姉さんを好きになって暴力事件起こしたんじゃなくて、自分の奥さんをそこで働かせていた、その西条というひどい友達が許せなかった…。そんな事情があったんですか!?」
「まあ、そういうことだわね、ホホホホホ」
無言のお慶さんに代わり、栄二さんが笑って答えた。
 
「でもどうして追島さん、そんな大切なことを、お慶さんに話さなかったんだろう?」
「めぐみちゃん、私もさっき聞いた時そう思ったの。どうして?って・・・、でも相手の竜一さん、その西条竜一さんの深い事情を思い出して、追島が言えなかった理由が分かった気がしたの」
お慶さんの言葉に栄二さんは仰いでいた扇子を止め
「事情か…、そうね、西条竜一を鬼に変えた、あの一件か」
「うん」
お慶さんと栄二さんは真剣な顔でうなずきあったあと、しばらく曇った表情をうかべていた。

(さいじょう、りゅういち・・・)
僕は初めて聞くその名前に首をかしげながら、じっとお慶さん達の様子を見ていた。 
そんな重苦しい雰囲気を打ち消すように、栄二さんが大きな声で
「そうだわ!ヨッチーちゃん、めぐっぺ…、あんた達にお願いがあるのよ」
「お願い?」
「お慶ちゃん、いいわねさっきのお話?」
「あっ…、うん」
栄二さんに促されてお慶さんは照れくさそうに小さくうなずいた。

「いいこと、このお慶ちゃんと追島ちゃんの間に、もう一度チャンスが訪れるよう、あんた達にも協力して欲しいのよ」
「えっ!?!栄二さん!それじゃ・・・」
「そうよ、ヨッチーちゃん」
「お慶さん、それじゃ追島さんのこと許してくれるんですね!」
僕とめぐみちゃんは目をキラキラと輝かせた。
お慶さんは恥ずかしそうに微笑むと
「許してほしいのは私の方、事情も知らずに一方的にユキを連れていなくなったんだもの、あの人の事を心から信じてあげなかった私の方・・・、逆に彼が私のことを許してくれるかどうか」
「許すに決まってるじゃないですか!追島さんは今でもお慶さんのを思ってるんですよ、その証拠があのスイートピーの花束じゃないですか!!」
「うん、そうですよお慶さん、大丈夫、大丈夫ですよ!」 
「それじゃ二人とも、お慶ちゃんに協力してくれるのね?」 
「あたりまえでしょ栄ちゃん、そんなうれしいお話、協力するにきまってるでしょ、ねっ吉宗君!!」
「うん、うん、協力しよう!めぐみちゃん!」
僕たちは感激の涙を一杯にしながら手をとりあって喜んだ。
「まあヨッチーちゃんもめぐっぺも、まるで自分のことのように喜んじゃって可愛いわねー二人とも、ホホホホホー!」
「そうね、本当に素敵な二人ね」
栄二さんとお慶さんは、手を取り合ってはしゃいでいる僕とめぐみちゃんを楽しそうに見つめていた。

(これで、ユキちゃんと追島さんが元通り一緒に暮らせる!ばらばらだった追島さん家族が幸せに戻れる)
うれしくて、心のそこから幸せ一杯な気分だった。

しかし、僕は感激のあまり重大なことを忘れていた。
それは今、僕が現在立っているこの場所がどれだけデンジャラスな場所であったかという重大なことだった。
追島さんとお慶さんのことで、喜び一杯の僕の背後に、とてつもなく恐ろしい不吉な影がひたひたと近寄っていたなんて
そのとき僕は考えてもいなかったのだった・・・。

つづく

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました^^
※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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