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侠客鬼瓦興業75話「追島さんの赤いスイートピー」

イケメン三波が、保育園の一室で不適な笑い声を響かせていたそのころ、川崎堀之内の夜空にも
「ホーッホッホッホッホッホッホッホッホーー!」
まるで、妖怪のような甲高い笑い声が響き渡っていた。
妖怪の声の正体、それは頼みもしないのに勝手についてきた、女衒の栄二さんのものだった。


「ちょっと栄ちゃん、何よ急に大声で笑い出したりして」
「ホーホホホホ、だってさー、考えてみると喫茶慶だなんて、お慶ちゃんらしいじゃない」
「お慶さんらしい?」
「そうだわさー、ひねりも何にも無いって言うか、正直超ダサいっていうかさー、ホホホホホ」
栄ちゃんはお腹を抱えながら、追島さんの元奥さん、お慶さんのお店の看板をパンパンたたいた。
「ひっどーい栄ちゃん、そんなこと言って失礼じゃないの」
「あら、何いってんのよめぐっぺったら、本当のことじゃない、ねーヨッチーちゃん」
栄ちゃんはその丸太のような太い腕を僕の腕に巻きつけると、巨大なエラをぐりぐり擦り付けてきた。
「い、痛い、痛いですって栄二さん」
「もう大げさなんだからよっちーちゃんったらん、うふふ、でーもお慶ちゃんとは久々~、何年ぶりかしら~」
栄ちゃんはそういうとハンドバックから大きなピンクのド派手なサングラスを取り出して大きな顔にかけた。

「な、なによそれ?」
「何って久しぶりだからおめかしに決まってるでしょ、あたしがデザインした特注品よ」
「デザインしたって、栄ちゃんのほうがよっぽどださーい」
「まあ、失礼な子ね」
栄ちゃんとめぐみちゃんは楽しそうに話しながら、喫茶慶のドアを開いた。

カランカラン
「いらっしゃいませー」
カウンターの中にいたお慶さんが僕たちを見て一瞬不思議そうに首をかしげた。 
「何てお顔してるのよ、お慶ちゃんったら」
「え?・・・あっ!栄ちゃん、あなた栄ちゃんじゃない?」
「おひさーーー!」
「うわー、何よ急に、びっくりしたー」
「何がぴっくりよ、こんな所にお店出したんなら声くらいかけなさいよね、ホホホホ」
栄ちゃんは笑いながら店の中をなめるように見渡すと呆れ顔で
「まあ、お店の名前もダサいとおもったら、中まで超ダサいわねー」
「なによー来ていきなり、相変わらず口が悪いわね」
お慶さんは、そういいながらもうれしそうに栄ちゃんを見たあと後ろに立っていた僕たちに目を移した。

「あら、貴方たちは昨日の・・・」
「あ、どうもです」
僕と鉄はあわてて頭をさげた。
「また来てくれたんだ、ありがとう」
お慶さんはうれしそうに微笑みながら手を小さくふると、僕の隣に立っているめぐみちゃんを見て
「あれ?あなたもしかして?」 
「こんばんわー、お久しぶりですお慶さん」 
「めぐみちゃん?ねえ、めぐみちゃんよね」
「はい」
「うわー、何よー、すごい綺麗になっちゃって」
「やだー、そんなこと無いですよ」
めぐみちゃんは照れくさそうに舌を出した。 
「そんなことあるわよ、本当に綺麗になって、でも来てくれてうれしいー」 
「ねえ、お慶ちゃん、あーんたいつまでお客のあたし達立たせとくつもり」
「あ!ごめんごめん、座って座って」
栄ちゃんの言葉に、お慶さんはうれしそうに、僕たちをカウンターへ案内すると
「ちょっとだけ待っててね」
そう言いながら店内の奥にいた数名のお客さんに、カウンターにあった料理をせっせと運び始めた。
「お慶さん、私も何か手伝うことがあったら?」
「いいのよ、めぐみちゃん、座って待ってて」
お慶さんは手際よくすべての料理を運び終えるとうれしそうにカウンターの向かいに戻ってきた。

「ごめんね、小さなパーティーのお客さんが入っててね」
「あらー、忙しそうで良いじゃないのー、お慶ちゃん」
「お蔭様でね、オープンからとってもいいお客さんに恵まれて、そうだ君たち仕事帰りでしょ、お腹すいてるよね」
「はい、ぺこぺこっすー」
カウンターの端にいた鉄が大声で答えた。

「待っててね、今からご馳走作ってあげるから」
お慶さんはそう言うと、うれしそうに冷蔵庫のドアを開けた、そんなお慶さんの隣には昨夜沢村研二が持ってきたバラの花束が、そしてその隣には小さなスイートビーの花束も綺麗に生けられていた。

(あれ、追島さんが贈ったスイートピーだ・・・) 
僕は複雑な思いで、大きなバラの横に飾られたスイートピーを見た。そんな僕にめぐみちゃんが
「どうしたの吉宗くん、あっ!?ねえ、あの花?さっき話してた追島さんが贈った花束って」
「うん」
「そう言えば、さっき約束って言ってたよね追島さん、いったい何の約束の花束なんだろうね」
小声で話している僕たちを不思議そうに見た栄ちゃんが 
「あーたたち、何ぼそぼそ話してるのよ、約束の花束って何なの、ねえ、めぐっぺ、よっちーちゃん」
「え!あ、聞こえちゃいました?」
「聞こえたわよー、何よ約束って?」
「実はね、あのスイートピー追島さんが贈ったものなんだって」 
「追島ちゃんが!?」
「はい、夕べお慶さんに分からないように、こっそり・・・」
「追島が・・・」
女衒の栄二さんは急に今までとは打って変った真剣な顔で僕たちを見たあと、じーっと無言でスイートピーの花束を見た。

「お、追島が・・・」 
「栄ちゃん?ねえ、栄ちゃんどうしたのよ、急に怖い顔して」
「え!?」 
「あ、あらやだー、私怖い顔してたー!?いけなーいホホホホホホー!」
栄ちゃんはあわて顔をもどすと、甲高い奇声をあげながら笑い始めた。

栄ちゃんの笑い声を聞いたお慶さんは、不思議そうに振り返ると 
「何よー栄ちゃん、急に変な笑いかたして、ねえみんな何の話ししてたの?」
「何の話しって、それよそれ・・・、その花束のお話ししてたのよ」
栄ちゃんは、いきなりお慶さんの後ろに飾られていたスイートピーの花束に指をさした。 
「あー!ちょっと栄二さん!?」 
「えっ?何?この花束がどうしたの?」 
「いや、お慶さん、別になんでもないです。なんでも」
僕はあわててお慶さんと栄ちゃんの間に、手をバタバタさせながら割って入った。 
「よっちーちゃん、何も隠す必要ないわよ、ホホホホ」
「で、でも栄二さん」
「ねえ、もしかしてあなた達、この花束の贈り主のこと知ってるの?」
「あんた、分かんないわけー?相変わらず鈍感だわねー」
「えっ?」
「あんたのよーく知ってる男でしょ」
「知ってる男?」
「まーだ分からないの?お慶ちゃん、あんたが昔惚れこんでた男よ」
「・・・!?」
お慶さんは無言でスイートピーを見ながら、突然険しい顔になった。

「あ、あいつが?」 
「そのあいつよ」 
「あー!栄二さん・・・」
僕は額か青筋をたらしながら、お慶さんに
「す、すいません、すいません、僕、偶然店の前で追島さんの後姿を見てしまって・・・、それから、あの、追島さんのポケットから出てきた花屋さんのレシートを見つけてしまって、それで、あの、その・・・」 
「お、追島が・・・これを・・・」
お慶さんは、今までの穏やかな顔から打って変った怖い表情で、スイートピーの花束を見つめ、やがてカタカタと唇を震わせはじめた。

「あの男、なんでこんな、こと・・・」 
「なんでって、まだ好きなんでしょ、追島ちゃんは」
栄ちゃんはカウンターでたばこに火をつけながらつぶやいた。
「好きって、何言ってんのよ栄ちゃん、冗談じゃないわよあんなひどいことしておいて今更こんな物!!」
お慶さんは震える唇でそうつぶやくと同時に、綺麗にに生けられていたスイートピーの花束を鷲づかみに花瓶から抜き取った。そしてそれをゴミ箱に向かって叩き捨てようとしたその時 
「まってー!捨てないでー!!」
僕は思わず大声でそう叫んでいた。

「・・・・・・」
お慶さんは花束を握り締めたまま、怖い顔で僕に振り返った。
「お願いです、捨てないで・・・、捨てないであげてください」
「捨てないでって、あなた」
「でも、捨てないれあげてくらさい。おねがいです、どうか捨てないれあげてくらさいですらー」
そう訴えながら僕の頭には花束を抱えた追島さんの哀愁のただよう後姿が浮かんでいた、同時に気がつくと僕の目から大量の涙が
「ちょっと、き、君」
「それ捨てられちゃったんじゃ、追島さんがかわいそうすぎるれすらー、せつなすぎるれすらー」
「かわいそうって言われても・・・」

「お慶さん、私からもお願いします。どうかその花束捨てないでもらえませんか?」
「め、めぐみちゃん!あなたまで」
「どうか、どうかお願いします」
気がつくと、めぐみちゃんの瞳にもいっぱいの涙があふれ返っていた。 
「そ、そんなこと言われても・・・」
お慶さんは、僕とめぐみちゃんの真剣な訴えに困った表情を浮かべた。
「お願いれすらー」
「お願いします、お慶さん」 

「で、でもね、あいつにこんなもの贈られてもこまるのよ」
「あの、お慶さん、それ追島さんにとって約束のスイートピーだって、そう、追島さんそう言ってたんです。お慶さんとの約束だって」
「約束?」
お慶さんはめぐみちゃんの言葉に、手にしていたスイートピーの花束を無言で見つめた。


ひばり保育園の隣には、小さなお弁当屋さんと、コンビニエンスストアーが並んでいた、そのコンビニのキャッシュコーナーではプリンの入った袋を持った春菜先生が
『カードと現金をおとり下さい、ピー』
真剣な顔で札束を機械から取り出し、あわてて袋の中にしまった。
「ありがとうございましたー!」
店員さんの声を背に、春菜先生はコンビニを後にした。

「三波先生あんなにひどい顔をして、いったい彼の言うヤクザって」
そうつぶやきながら彼女が保育園の入口のさしかかったその時、園庭の生垣がガサガサと音を立てて揺れた。
「・・・!?」

「あの、どなたか?どなたかそこにいらっしゃるんですか?」
春菜先生は恐る恐る生垣に声をかけた。
「ど、どなたですか?」 
「あ、すいません先生、自分です」
声と同時に生垣から大きな体が姿を現した。
「あなたは!?」
「あっ、はい」 
「な、何で?どうしてあなたがそんなところに?」
「す、すいません、あの、ちょっと・・・」
春菜先生に見つかってしまったその大きな男は照れ臭そうに頭を掻いた。
それはお慶さんに花束を贈った鬼瓦興業の鬼軍曹、追島さんだった。

つづく

最後まで読んでいただきありがとうございます。

※このお話はフィクションです。なかに登場する団体人物など、すべて架空のものです^^

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