第6回:イタリア便り2 農村暮らしの価値を、ポジティブに伝える(真田純子)
人文地理学者の湯澤規子さんと景観工学者の真田純子さんの、「食×農×景観」をめぐるおいしい往復書簡。真田さんいわく、建物の修復とは、そのまま復元することではなく、現代の暮らしに合わせて「歴史を繋いでいく」ことだそう。その内容とは?
日本とイタリア、石積みの共通点とは
前回、ここまで書いたところで、疲れ果てて途中になっていました。今は合宿を終えて、明日のフライトに備えて空港の近くの街にいます。合宿中は9時に宿舎を出て、石積みの作業か近くの村への見学、昼ご飯をゲシュで食べて午後も午前と同様に過ごし、17時過ぎに宿舎に戻って交代でシャワーを浴び、20時くらいからまたゲシュでゆっくりと晩ごはん。22時~23時にお開きになって宿舎に戻るという生活をしていました。毎日くたくたで、朝少し早く起きてメールチェックをするくらいしか仕事をすることができませんでした。
今回、合宿で取り組んだ石積みは、クロッポマルチョという集落にある原っぱの段差を補強するための石積みでした。幅25m、高さ2mくらいの巨大な擁壁を4日で作りました。もともと石積みがあったようですが、少し崩れたり大きく波打ったりしていたので、一度全部崩して積みなおそうと計画されたものです。日本の一般的な石積みと違って目地を水平に作っていく「布積み」という積み方です。日本では石を斜めにおいて谷をつくって、谷の部分に次の石を置く「谷積み」という積み方が一般的です。布積みも谷積みも石を置くときは下の2つの石に力がかかるようにする、少し奥に傾ける、裏にぐり石を入れるというところは共通しています。ただ、布積みの場合、石を水平に置くのが鉄則なので、様々な厚みのある石を使うとなると、高さの調整にとても時間がかかります。積み始めた時には終わるのかなと心配していたのですが、なんとか合宿中に終わりました。
最終日には、合宿中にお世話になった人や近所の人を呼んで、積み終わった石積みの前で立食パーティーをしました。こうしたパーティーはたまにやっているようで、団体を運営しているマウリツィオは、石積みの集落での暮らしをポジティブに捉えてもらうような機会をたくさん作っていると言っていました。イタリアでも過疎化は深刻な問題ですが、それを解消するためには、農村部での暮らしの価値を伝えていくことが重要だということだと思います。実際、今回の宿舎も石造りの古い建物が宿として再生されていて、古い建物の価値が広まりつつあるということなのだろうと思いました。
前回の2022年の合宿のときには、ゲシュの集落にベンチと階段を兼ねた擁壁をつくったのですが、そこに人々が座りながらパーティーを楽しんでいる写真を見せてもらいました。自分たちの作ったものがよい価値を生んでいるのは嬉しいものですね。
集落に石積みの建物が多いのはなぜ?
ところで、なぜ石積みの建物が多いのかというと、この辺りでとれる石は層状にミネラルが入っていてそれに水分が入り、それが凍ると水が膨張してそこから割れ、板状の石が自然にできるからです。板状の石は、建物にも屋根にも向いているのです。つまり、この土地の地盤がまずあって、それが材料になり建物を作り出しているということです。
マウリツィオは、普段は主に建物の修復をしています。何百年も前から使われてきた建物をまた、今の人が使えるように「繋いでいく」のだと言っていて、文化財を修復するようにそのまま元に戻すのではなく、現代の暮らしに合わせて部屋割りを変えたり、設備を変えたりしているようです。合宿中に見学させてもらった修復中の建物は、住居や倉庫だった建物を、オフィス付きの住宅に変えるそうです。もともと倉庫だった部屋は窓が小さく暗いので、窓を大きくする工事をしていました。石を積み上げる構造で作られている建物の壁に窓を作るなんて不可能なように思えますが、実際にやってあるのを見て感心しました。この地域の石造りの建物は古いものだと1200年くらいからあるそうで、そのころから窓や入り口をつけたりふさいだり、その時々の生活に合わせて手が入れられてきたとのことです。こうした変化は、建物をよく見るとその痕跡が残っていて、歴史を繋いでいくということがよくわかります。
設備に関しては、温水を流すパイプを床下や階段に入れて暖房にするそうです。また、冬はとても寒くなる地域なので、外壁を構成する石の量に見合う量の内壁を塗るのだと言っていました。内壁は湿気を吸うよう、細かく切った大麻の茎が入った石灰です。あらかじめ混ぜてあるものが商品として売られているので、こうした自然素材を内装に使うことはある程度普及している様子です。
プロフィール
◆真田純子(さなだ・じゅんこ)
1974年広島県生まれ。東京科学大学環境・社会理工学院教授。専門は都市計画史、農村景観、石積み。石積み技術をもつ人・習いたい人・直してほしい田畑を持つ人のマッチングを目指して、2013年に「石積み学校」を立ち上げ、2020年に一般社団法人化。同法人代表理事。著書に『都市の緑はどうあるべきか』(技報堂出版)、『誰でもできる石積み入門』(農文協)、『風景をつくるごはん』(農文協)など。