とけていく

「幸せ」という意味の言葉がつく名前の
その海沿いの店は
ランチタイムを過ぎる午後2時をまわろうとしているにも関わらず
駐車場はいっぱいだった。
 
ようやく名前を呼ばれ席に着くと
窓越し一面に広がる海は
雨で白く霞んでいた。
 
他の客たちの ほとんどがそうであるように
私も当たり前のように注文したハンバーグを
先に運ばれてきたみずみずしく色鮮やかなサラダと
ほどよい小さめのカップに入れられた
濃厚なコーンクリームスープで
楽しみながら待っていた。
 
ミディアムレアに焼かれたハンバーグが運ばれてきて
あわてて手元のナフキンで跳ねる油を避ける。
 
ジュージューと音を立てるハンバーグを
店員が わざわざ席で上下ふたつに切り分け始めた。
 
そのとき付け合わせの皮付きのジャガイモの上に乗っていた
バターが鉄板の上に滑り落ちた。
   
それに気付くこともなく
店員は手を休めずに
穏やかに にこやかにハンバーグを切り分けながら
食べ方やソースの説明を続けていた。
   
私の心は穏やかではなかった。
この後 このバターの乗っていない「じゃがバター」を
どう楽しめばいいのかと迷っていた。
   
「あの…お芋のバターが鉄板に落ちちゃったんですけど…」
と言えるはずもなく
鉄板の上で溶けていくバターをじっと見ていた。
   
そんな私の気持ちを知る由もなく
テーブルの向かい側から
「さあ、食べよう」と声をかけられ
我にかえった私はナイフとフォークを手にした。
 
「幸せ」という意味の言葉がつく名前の
海沿いの店で起こった
少しだけ不幸せな出来事だった。

2016年6月30日 木曜日


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