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もし、罪悪感を持っているなら。

もし罪悪感を持っているなら、それは必要のないことです。なぜ必要ないかと言うと、罪悪感を持っても何も変わらないからです。むしろ、パフォーマンスを落としたり、チャンスを逃したり、自分を苦しめたりしていくことになるでしょう。

そもそも罪悪感と言うのは、過去に何らかの失敗をして、それについて罪の意識を持っていることです。 すなわち、過去のことを何とか罪を背負ったとしても、何も変わりません。何も変わらないのであれば、それを持ち続けることがあまり意味がありません。 それであれば、過去の過ちに対して、次は同じ過ちをしないと言う覚悟を決め、準備をし、日々その覚悟を守るように生きていく方が建設的です。

罪悪感にとらわれていると、常に常に意識が浮いてしまい、嫌な気分を味わうことも多々あるでしょう。それは本当に必要なことでしょうか?

私は常々人前を向いて歩いていくものだと言っていますが、罪悪感は明らかに過去を向いています。前を向いて歩いて行くのであれば、過去の失敗は糧として、次に活かしていく方が価値が高いです。

人間は必ず、失敗するものです。それが自分にとって大きな失敗であれば、罪悪感に発展することも多いですが、そういう失敗をしたことがない人と言うのは本当に希、あるいは皆無でしょう。

それならば、誰でもやっていることですから、そこにとらわれずに、次への糧として活かしていく方が良いと言うふうに思います。 中には取り返しのつかない失敗と言うのもあります。ですが、それですら乗り越えて生きていくのが人間です。罪を背負ったとしても、自分を責めて誰かが幸せになるわけではありません。

誰かのために 行動することによって、新しい結果を導き出すことはできます。時間軸で考えると、未来に向けて今何をすべきかを考え、行動することがとても必要です。 

自分を許せないとか、罪を償うとか、そういった自分に浸るのは自由ですが、 それは誰のためでしょうか? 被害者のためと思うのであれば、まずきちんと謝ることが大事ですし、仮に許してもらえなかったとしても、これからの未来は建設的で前向きな態度で生きることが大事です。その結果、周りに奉仕をし、貢献できていければ、許してもらう事はなくても認めてもらう事はあるかもしれないと思います。

どんな失敗も変わるわけではありません。その失敗の意味を変えるために前向きに努力をし、その結果、周りの人に良い影響を与えたり、奉仕をすることができたら、周りの目も変わるし、過去の過ち、つまり、マイナス要素に対しても行動と言う結果のプラスの要素が勝てば、人は認めてくれることが多くなります。

罪悪感を持ってネガティブに生きるよりも、前向きに周りの人のためにできることをやって、成果を上げていく方がずっといいでしょう。

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