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私たちはいつからかイヤホンばかりしている¦日記 #13

「おはようございます」
驚きながらも結局同じ言葉を返すことが出来なかった今朝の自分を、私はまだ引きずっている。

何があったのかというと、
すれ違った学生グループのうちの一人が、私に挨拶をしてくれた。だけど私はびっくりして咄嗟に挨拶を返すことが出来なかった。
それだけである。

私は毎朝大量の学生とすれ違いながら、最寄り駅へと向かう。
駅から学校までズラズラと歩く中高生たちは、大名行列みたい。お揃いの制服を纏って、歩道パンパンに広がって歩く。私は大名たちを、右へ左へ避けながら、お供のイヤホンと共に駅を目指す。

そんな日々を送りはじめてもうすぐ2ヶ月。
けれどその2ヶ月間、しがない平民の私は、大名様に「おはよう」なんて有難い言葉を頂戴したことなんて一度もなかった。
だから油断していた。

みんなに元気に挨拶しなさい。
子供の頃はそう教わっていたのに、挨拶されないから油断していたなんて、変な話だけれど。

「おはようございます」
そう言われたとき、挨拶してくれた子の方を向いていた耳には、イヤホンが装着されていたというのもあって、気づくのがだいぶ遅れた。

あれ、私、今挨拶された?
気のせい?聞き間違い?
けど本当にしてくれてたとしたら?

きっと0.3秒くらいの短い時間の中に、凝縮された思考があった。多分今日一日の中で、一番脳みそを使った瞬間。
ギリギリすれ違ってしまうまでに体が動いて、結局私は彼に小さく会釈をした。
会釈しかできなかった。

元気な挨拶に、小さな会釈なんて失礼すぎる。
本当に挨拶をされたのか分からなかったから、きっと不自然で曖昧な誤魔化すような会釈。
それなのに彼は「ありがとうございます」って言ってくれた。
そこでやっと私は、自分が挨拶されていたことに気づいたのでした。

いい大人なのに申し訳ない。
四捨五入したら10歳も歳が離れているというのに。

私たちはいつから、一人で外を歩く時はほとんどイヤホンをするようになってしまった。音楽を聴いたり、YouTubeを流したり。
時間の有効活用と言ったら聞こえはいいけれど、イヤホンをしていなかったら聞こえた声があったかもしれない。

挨拶とか、自然の音とか、隣で話してるJKの恋愛事情とか。いつもと違う音が聞こえるかもしれない。

だから私は久しぶりに、イヤホン無しで世界を歩いてみようと思う。
挨拶してくれてありがとう、大名。

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