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「英知をびんにつめることはできません。慈愛をつつみにすることはできません。巻尺で愛の深さをはかることはできないのです。」物質と非物質の間で考える…

久しぶりに内省の時間をとれています。

#motherleader2020  の1期の講座が終わってはや3週間。なんだかせわしなく過ごしてしまいました。

おわってすぐの週は、会社の気の置けない方々と飲みに行ったはいいが、飲みすぎて周りに迷惑をかけるという事態を起こし、次の週は資格試験で頭ぱんぱんの日々で、でも東海地方のMOTHERにかかわる方々に会えたりの嬉しいこともあって。週があけてしばらくしてやっと日常のように過ごせている今日です。

今日は、ランチに行ったカレー屋さんにあったガンジーの伝記の中の一部分をタイトルにしました。言葉自体はガンジーのものではなく、著者のものだと思いますが、私は非常に心をうたれました。

物質と非物質。毎日の瞑想時にSayakaさんから発せられるワードの中にも頻繁に登場する言葉です。

物質…びん/つつみ/巻尺
非物質…英知/慈愛/愛

ですし、タイトルのように、「英知をびんにつめることはできません。慈愛をつつみにすることはできません。巻尺で愛の深さをはかることはできないのです。」と言われたら納得するし、ざっくり非物質のほうを良きものと思えそうな気もする。
しかし、よく考えてみると、実際普段おちいる考えは、測定や、その結果数値化されたもの、対価としてのお金だったりするのです。(私のことです)

今日ふと出会ったこの本のこのワードで、「巻尺で愛の深さをはかることはできないのです」と自分が聞いたときに、ふと涙が出そうになりました。人に対して慈愛を持ちたくて、それを表現したくて例えば笑顔を向けるとか、そういうときがあったり、その表現した慈愛が例えば誰かに伝わったことを知れたときほど嬉しくおもうことはないと思う一方で、自分が測定に振り回されているときは知らず知らずのうちに自分の中の非物質のものを自分で測ろうとして、測って、対価を勝手に算出して、それが来るのを待っている…

しかし逆説的ですが、愛の深さを巻尺で測ることはできないのだから、測定に気を取られることなく思う存分愛せばいいという勇気をもらえた言葉のような気もします。

ちなみに、ガンジーは亡くなったときの荷物が非常に少なくて、

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☝これだけだったそうです。日本の三猿が居ますね。見ざる言わざる聞かざるって、なんとなく全体的にヨニムードラみたいじゃないですかね?

物質社会と非物質の世界の両方を行き来しながら生きている一人の人間として、物質的な対価を得ようとする私の気持ちはどこからくるのか。本当にそれは必要か。というところをもう一度考える時期にきているのかもしれません。

時間ができてきているので、講座の復習や、内省に時間をかけながら、目の前のことに全力で当たっていきたいと思います。

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素敵な修了証とメッセージを師よりいただきました…


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