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旅をノートに書いて、ダンジョンに潜入中。  

 旅のことを、ノートに書いています。

 数年前に時は遡り。
 長年憧れ続けていたヨーロッパ方面への旅行が決まったとき、せっかく憧れの地へ行くのだから写真だけではない記録を何かしら残してみたいと思ったことが、全ての始まりです。
 以前の私は、カメラを支える手首とシャッターボタンを押す指が腱鞘炎になるほど、とにかく出先で写真を撮りまくっていました。撮影旅行をしていたわけではないし、写真家を目指していたわけでもありません。その地を訪れたという証拠になる記憶や感動を取りこぼしたくなくて、あらゆる場面をカメラで切り取って保存するかのように撮っていました。
 夜は宿泊先で手首にロキソニンテープを貼って炎症の痛みを抑え、旅の後半は手首のホールド感が衰えてしまい、グラグラさせながらカメラを構える始末。動画で周辺をぐるりと撮ってしまえば簡単に現地の情報を映像に残すこともできますが、それではちょっと味気無く感じたので、私なりに気に入った被写体や画角を探しては、貪欲に撮り歩くことも旅の楽しみのひとつだったのです。
 平均的な撮影枚数は、国内の1泊2日旅行でも数百枚、8日間程度の海外旅行ともなると、数千枚に及びます。旅行後、歳月を経ても膨大な撮影データを丹念に見返すことは楽しかったものの、写真には決して写らないものがあることに気付きました。
 現地の光、空気の匂いや歩いた石畳の感覚、食べたものの味、地元の人達との交流、旅行に発つ前や旅先特有の高揚感、ちょっと怖い経験をしたこと、自分が見たものに対して何を感じ何を思ったのか。
 プロの写真家であれば、写真を見るだけで現地の熱が感じられたり、匂い立つような臨場感あふれる作品が撮れるのでしょうが、残念ながら私には特別な才能も無ければカメラに関する知識も少ない、まったくの素人です。私が撮った写真には、物事の温度や感情に訴えかける部分が圧倒的に欠落していました。
 それを補うために写真の撮影技術を研鑽するか、最もシンプルにアナログでの記録を残すか。
 私は後者を選びました。根っからの機械オンチでもある私は、紙と筆記具を使って自分の手を動かすことにしたのです。今でも視覚的な記録として写真撮影は続けていますが、情緒的な記録はノートにしっかりと書き留めています。

 昔起こった非常に些細な出来事や、しょうもない細々したことでもストーリー仕立ての脳内映像できっちりと覚えているタイプなので、記憶力はかなり良い方だと思うのですが、時と共にいずれは薄れ行くもの。また、次の旅に出ることで前の旅先での感動や興奮が、上書きされてしまうこともあります。
 旅路をノートの上で再度たどるように、旅の記憶の欠片たちを再構築しながら書き留めることで、ようやく旅を完結させることにしてからは、旅の余韻の期間も長く楽しめるようになりました。ほくそ笑みながら楽しかった思い出整理に集中する時間。とてつもない至福です。

 日常ログを書くように旅のログを書いたノートは、ひとたび開けば過ぎ去った大切な時間を再度なぞる事が出来る、宝物になりました。ノートにどのように書こうか悩む時間も、書いている時間も、完成したノートも、すべて宝物です。
 自分だけの宝物が、どんどん増えていく。子供の頃に味わった甘美で幸せな感覚を、大人になってから旅をノートに書くという行為で再度かみしめることが出来るなんて、思ってもみませんでした。

 手書きにこだわる理由は、他にも。
 自分の手を動かして書き残した文字には、情感が宿ります。時には、情念・怨念も。自身の様々な感情が文字に宿り、自分だけにしか分からない記憶を文字に留めることが出来ると思っています。
 更に、旅先で目まぐるしく動く感情「綺麗!」「すごい!」「美味しい!」「びっくり」「ドキドキ」「感動」等を、いかに言語化するか?
 ぴったりの言葉を捻り出して文章に書き起こすことが出来たときの達成感や満足感は、何物にも変えがたい喜びがありました。一つの感情の動きに対してじっくりと考えて書くことを始める前は、自分の大切な心の機微を無駄に垂れ流し、取りこぼしていることが多かったのだろうと思います。

 旅を言語化して、ノートの上にアウトプットしていく作業。こだわろうと思えばいくらでもこだわれる、沼です。腹落ちする言葉が見当たらないとき、どのようにノートにまとめるか悩ましいときは、ひたすら考えを巡らせ、思考の迷宮をぐるぐるさ迷います。まさに、ダンジョン。

 旅は、日常から離れて「異世界探訪」するようなものだと個人的に思っているため、帰宅後もノートに向かっている時間は実は「旅の続き」で、ダンジョンに迷い込んでいる状態なのです。自分の記憶の中を探索している間に、隠しダンジョンや見落としていた宝物を、新たに発見できるかもしれません。
 さて。それでは今日も紙とペンを装備して、ダンジョンへ深く潜りに
 「行ってきまーす!」

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