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【後編】"サッカー未経験者"がプロのサッカーライターを目指す理由

これは、自己顕示欲100%の大学3年生が記した記事の後編である。前編ではサッカーライターを志してから高校入学までを記したが、そんなこんなで高校に入ってからはまたしてもよくわからない3年間を送る。部活動は小中と続けていたバスケ部からバレー部に心機一転挑戦。部活の傍、サッカーオタクとして普段通りの人生を送っていた。

我が母校はいわゆる"自称進学校"であったため、1年次から大学への進路教育がされていた。よくあるのは、大学生が高校でワークショップを行い、「大学生ってこんなもん」と紹介してくれるイベント。

在学時代には数回こんなイベントがあったが、高1の冬にあったワークショップでとある人と出会った。その方は、駒澤大学で学生スポーツ新聞部に所属しているお兄さんだった。ここで私は学生がスポーツ新聞を製作し、記者として活動する媒体の存在をすることになる。

サッカーライターを志す私にとって「学生記者」というのはパワーワードだった。その人と出会ってからは、「学生新聞がある大学へ行って、学力に関わらず駒澤は受けよう」という進路のビジョンを立てた。

3年次になって残った選択肢が、
❶明治大学 ❷法政大学 ❸駒澤大学
の3つだった。そして、勉強が得意ではないという私の悪いクセが3年ぶり2度目に発動。学力的には一番下だった駒大しか合格できなかったため、駒大へ進学することとなった。当時はなんともやりきれない気持ちがあったが、「行ったところに縁がある」と高校の先生に言われたことを逃げ場にして自己完結をした。

駒大に入ってからは文句なしに駒大スポーツ編集部(コマスポ)に入部。サッカーの担当班に入った。1年目はサークル内の他の活動や学校生活のハードさに耐えられず、サッカー部への取材に行っていないことがほとんどだった。これは今も後悔している。一生この後悔は消えないだろう。

2年次の春になると、前任の先輩からサッカー班チーフの仕事を任されることに。無類のサッカー好きであることがここでうまく作用したように思う。ここで、私はまたしても運命を変える一人のプレーヤーと出会った。

私と同級生で、今や駒大のエースとして活躍する高橋潤哉である。2017年の関東リーグ第2節で初めてインタビューしたが、同い年ながら駒大の1トップに君臨していたこと、試合直後とは思えない冷静な言葉選びに感銘を受けた。

そこからは互いにSNSを共有する仲になると、彼は私とサッカー部員を繋げてくれた。当時はサッカー取材班がコマスポ部内での扱いが弱かったため、「部員との関わりを強めて、自分にしか書けない記事で他班、外と勝負する」という方針を固めることができた。そして、私にとってかけがえのない仲間たちに出会うことができた。彼には大きく人生を変えてもらった。

取材をしていくうちに全てが楽しくなり、写真を撮ることや、インタビューから記事を書く毎日が続いていった。誰よりも走り、最後まで諦めない駒大のスタイルにどっぷりと浸かっていったのだ。

そのうちサッカー班チーフと副編集長を兼任するようになり、なにからなにまでコマスポ一色の生活が楽しくてしょうがなかった。

コマスポで活動していることで得られる出会いも沢山あった。Jリーグが主催の「Jリーグをつかおう」のイベントに招待して頂いた際にはJFAの田嶋幸三会長や川崎フロンターレの藁科義弘社長とグループワークを通して地域創生についてのディスカッションを行った。田嶋会長にはペアワークで駒大サッカーの魅力を話し込んでしまったことも覚えている。Jリーグの村井満チェアマンには「サッカーに関わる方法はいくらでもある。色々なところに裾野を広げてチャレンジしてほしい」とのアドバイスもいただいた。

そうして迎えた3年次には、多くの現場経験を積ませてもらった。これも駒大サッカー部のおかげである。天皇杯、総理大臣杯、インカレ決勝など、誰にもできない経験を全てさせていただいた。自分の力で掴み取ったものではなかったが、それを自分や駒大サッカー部の力に変えるべく戦った自負はある。今でも駒大サッカー部の皆様には感謝しかない。

こうして昨年末、インカレ決勝の翌日をもって私はコマスポを引退した。そして、今でもサッカーライターになる夢はブレていない。

学生のうちに現場での取材を経験した私。そこで思ったビジョンとして、現場でしか聞けない選手の声や環境を、私のようなサッカーを愛する人たちに届けたい。自分がサッカーというものの魅力に人生を変えてもらった以上、サッカーやこれまで出会った人への恩返しは私がサッカー界で活躍することで達成できると思う。

サッカーの経験がなくとも、記者・ライターとして選手の人間的魅力を引き出して「応援してもらえる選手」を多く発掘していきたい。

そして、自分の人生を変えてくれた高橋潤哉や、同期として早い段階から自分と交友を深めてくれた星キョーワァンも同じくプロのサッカー選手を目指して戦っている。彼ら2人に関わらず、駒大サッカー部の仲間たちはさらなる高みを目指すだろう。彼らとプロの舞台で再会するためにも、自分も同じ舞台に立てるように頑張りたい。いや、頑張るしかない。

さて、自分の思いや経歴をつらつらと長々しく書いたわけだが、結局どこに文章を着地させるかはまだ迷っている。またいつか夢を達成できたときにそれはわかるかもしれない。とりあえず、お腹が空いたのでここまでにしようと思う…(笑)

p.s.
なんか長くてすみません。笑
こういう活動をしてきた自分を応援してくれたら嬉しいです。誰も応援してくれなくても頑張りますね。甘えずやっていきます!また後日!





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