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SUGB 因果巡(2)

 ノートを書き終えた廻はベッドから降りた。記録は武器だ、と廻は信じている。凡庸な投手である自分がSUGBを生き抜くための唯一の武器だと信じている。ジャンボジャンボホテル888階、ガラス戸の外ではそこかしこで星が渦を巻いていた。変わらぬ景色。球団と結んだリスポーン契約により廻の身体と魂は必ずこの部屋へと返ることになっている。繰り返される景色。しかし廻は眼前の暗黒空間を見つめ続ける。予感がした。
(予感? そんなものは存在しない。あるのは確率から導き出される真実だけだ)
 廻が振り返ると女が部屋に立っていた。
「お疲れ様でございます。因果廻様」
 女の身体は黄金でできていて、艶やかに輝いている。しなやかで巨大。その頭は天井にまで届き、廻を見下ろしていた。目も鼻も口もついでに耳もないが見知った顔だ。神の使い。勤勉な機械。E-R-Iという名のSUGBA(スーパーウルトラグレートベースボール協会)のエージェント。予感がした。
(予感ではない。ノートにも書いていた。確定事項の一つがきただけだ)
「試合はどうなった?」
「ジャルマウント球場、チーム、すべて消失いたしましたので無効試合となりました」
「シーズンは?」
「対戦チームの消失により全試合続行不可能。唯一残った the gods が無条件で優勝となりました」
「そうか」もう予感はしない。「the gods はどのような『追記』をした?」
「因果廻様の名鑑登録です」
「そうか」廻は目を閉じた。
「おめでとうございます。因果廻様はSUGBD(スーパーウルトラグレートベースボール名鑑)に登録されることとなりました。SUGBにおける廻様のこれまでの功績はすべて余すところなく永遠に記録されます」E-R-Iが歌うような口調で祝福を告げた。
「名鑑登録までの時間は?」
「あと十分ほどです」
 廻はゆっくりと目を開いた。サイドボードのノートを手に取るとE-R-Iへと掲げる。
「このノートはSUGBL(スーパーウルトラグレートベースボール図書館)に寄贈する。覚えているな」
「はい。そのように契約いたしました」
「よし」廻は頷くとノートをサイドボードへ置いた。それからストレッチを始めた。E-R-Iは黙ってそれを眺めていた。

 SUGBR(スーパーウルトラグレートベースボール規則)
 名鑑に登録された選手は永遠に記憶と記録の中で生き続ける。

「待たせた。登録をしてくれてかまわない」 
ストレッチを終えた廻が言った。
「ユニフォームに着替えても構いませんよ?」
「いや、いい」
 廻はジャンボジャンボホテルの細い青ストライプのパジャマを密かに気に入っている。
「かしこまりました。それでは、名鑑への登録を開始いたします」
 E-R-Iの掌に小さな小さな本が出現した。本は自ら開きパラパラとページを送っていく。それと同時に因果廻の身体が霞んでいく。突然、廻が何かを思い出したような顔でE-R-Iを呼んだ。音のない声だった。
「どうされました?」
(俺はカードにもなるのか?)
「はい。名鑑登録選手はSUGBC(スーパーウルトラグレートベースボールカード)になります」
(それは楽しみだ)
 因果廻は微笑んだ。そして、消えた。跡形もなく消えた。消えた跡形はどこにある。SUGBDの中にある。永遠に。永久に。
 静まり返った部屋にE-R-Iは立ち尽くしていた。仕事が終わればマザーベースへ即帰投するのがエージェントの決まりである。しかしE-R-Iは動くことができなかった。彼女は因果廻の残した笑顔の残像を頭の中で何度も繰り返しながら彼女らしく彼女のやり方で泣いた。
「これは単語の確認作業です。寂しくなります。実際の業務とは関係ありません。廻様。これは単語の確認作業です。さようなら。実際の業務とは関係ありません……」

 そして。

 飛んできた白球に向かって、因果巡は手を伸ばした。

(つづく)


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