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美容師の日常のこと

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髪の毛のことが日々、気になります。
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2020年3月の記事一覧

[連載物] ダブルピン〜その4

 渋谷駅までもう数十秒しかない。イヤホンから流れる、ジョン・コルトレーンの「My Favorite Things」はちょうど8分をすぎるところで、コルトレーンのサックスが高らかなに鳴り響き最後の盛り上がりに差し掛かってきている。自分の鼓動もそれに合わせ早くなるのを感じた。  もうここまでくると、自分の中にある親切心みたいなものがじわじわとこみ上げてくる。「伝えなければいけない」という使命。自分の右隣、左斜め前には他の男性の乗客が立っている。彼女にもし声をかけるなら自分は隣の

[連載物] ダブルピン〜その3

 さて話を電車の中に戻そう。自分の目の前にいるこの女性の前髪についているダブルピンは「外し忘れ」なのかどうかである。意図的なのか、偶発的なことなのか。彼女の気持ちになって考えてみた。  朝起きて、コーヒーを入れる。卵を焼いている時間はなさそうだからトーストにバターを塗って頬張る。時計を見る。そろそろ化粧をしなければいけない。鏡を見ると生え際のクセのせいなのか、寝癖のせいなのか前髪が浮いている。1週間前に美容室にいって久しぶりに作った前髪は思うようにいかないというのがちょっと

[連載物] ダブルピン〜その2

その女性の前髪にダブルピンがついていた。  これは一般の人が見てもそんなに気にはならない事案なのかもしれない。自分は美容師である。サロンでのダブルピンの存在はカラーやパーマの施術をするときに肩にかけるタオルを首の前で合わせて止める役割を果たしている。日々使っているダブルピンを思いがけない場所で、思いがけないときに見るとやはり気になってしょうがない。気になるポイントとして2つある。まずは、 ①そのダブルピンを美容師以外の一般の人がどのようにして手に入れたのか。あと、 ②な

[連載物] ダブルピン〜その1

 電車は渋谷駅につき、その女性は電車を降りるためにスマホをポケットにいれ態勢を整えた。電車のドアは開き、その女性は自分とは逆の方の階段へと歩いていった。自分は肩を落とし階段を登った。  毎朝、9時17分発の渋谷方面行きの山手線に乗って職場へと向かう。  今日は久しぶりにジョン・コルトレーンでも聞きながら行くことに決めた。  その日は晴れているわけでもない、薄っすらと曇りの天気だった。その時間は通勤ラッシュも終え割とゆったりとした乗車率で、特別な緊張感もない空気感であった