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『逆行の夏』ジョン・ヴァーリイ(著)

クローンの姉が月から水星に住むぼくらのところへやってきた。太陽が天頂で逆回りする〈逆行の夏〉に、ぼくらは家族の秘密を知ることとなる……。ひと夏のできごとを鮮やかに描いた表題作、三重苦の人々が創りあげたコミューンを描き出した「残像」など全6篇を収録。著者の代表作を集めたベスト・オブ・ベスト。

読書メーターで「残像」をおすすめされたが絶版で手に入らず諦めていたところ、これに含まれていると知り手に取る。古い本は手に入りずらいので、未読作が読めて嬉しい。とはいえ、ベスト・オブ・ベストではなく全集をだしてくれないかしら。未読がまだまだある。

「逆行の夏」と「さようなら、ロビンソン・クルーソー」は八世界短編集で読んだので再読。何度読んでも壮大で美しい。その他の作品も、さすがベスト・オブ・ベストというだけあり素晴らしい傑作ぞろい。全部が一位タイだよ。一番好きなSF作家はジョン・ヴァーリイだが、ますます好きになってしまった。

古くてやや読みにくいのだけど、それを補って余りある絶対的魅力がある。

逆行の夏

東から上った太陽が東に沈む水星の夏、力場の<服>をまとい水銀の池で月から来たクローンの姉と泳ぐお話。主人公出生の謎とは?

人が水星に住む遥か未来、倫理観も恐ろしいほど変化している。カジュアルな性転換とセックスが八世界シリーズの特徴の一つだが、本作でもそれら文化が十分にたのしめ、さらに理解が深まる。それら文化的ギャップと水星と地球のギャップ、ダブルでノックダウンされる。

さようなら、ロビンソン・クルーソー

舞台は冥王星の地下、工事中の南海の海(ディズニーランドと呼ばれる地球環境再現リゾート)。足ひれと鰓を備えた水陸両用の体で、さらに年齢を子供に下げた主人公が2度めの幼年期を過ごすお話。ここでとある女性と出会い…。

これもスケールが大きい。ディズニーランドの工事中の空を想像すると鳥肌が立つ。そこで起きる事故、主人公の正体、どれもが心を揺さぶる。ため息しか出ない。

バービーはなぜ殺される

整形手術で容姿を統一し、一切の個を無くす(性器や名前もない。見た目もも全部同じ。主語は私ではなく私達。)、バービー(人形)と揶揄される統一教の町で殺人事件が発生した。主人公アンナ=ルイーゼ・バッハ警部補が捜査を行う。殺されたのはバービー。殺したのもバービー。果たして検挙できるのか?

バービーというアイデアだけでも素晴らしいのに、そこで殺人事件を起こすとは天才かよ。当然難航する捜査も面白いが、そこで主人公が取る行動も恐ろしい。現在の警察では多分絶対やらない(笑)

しかしラストが消化不良。これでは嫌いな上司と大差ないのでは? 誤認逮捕は許さないが、殺人は許すという事だよね。真相部分もモヤモヤ。どうやってマーキングしたのか。口紅? 殺人は続くが表に出てこないのだろう。明言しない理由がよくわからず。

他のアンナ=ルイーゼ・バッハシリーズで彼女の性格を掴むとわかるのかな?

残像

風疹が流行、妊婦も感染し、視覚・聴覚両方に障害のある赤ん坊が5000人生まれた。アン・サリバンが足りない中、彼らは学び、集まり、コミューンを形成し自活する。そんな施設に人生に行き詰まった主人公が迷い込み、彼らのボディータッチによるコミュニケーションを目の当たりにし…。

指点字が生まれる前からそれを見通すようなアイデアがふんだんで驚く。そしてその描写の官能的なこと。無音の闇のなか、ボディータッチと息遣いを想像して胸が詰まる。人と人との境界がなくなり、嘘も悪もない世界、別次元のコミュニケーションに憧れる。主人公もそう思ったんだろうな。しかしラストはさらなる驚きで締めるという見事な切れ味。どこに行った、というより、何になったんだ?

ブルー・シャンペン

月の衛星軌道上にある球形プールでのラブストーリー。ほぼ全身麻痺の体を黄金のボディーガイドで動かし、体験テープ(感情を伝播できる)を制作するメガン・ギャロウェイと、ブルー・シャンペンの救助員クーパーが出会い、恋に落ちる。

ラストは予想してたものの、これは主人公が狭量すぎるわ。お前は顔さえ出ないのに。メガン・ギャロウェイが心底可愛そう。これぞ真の甲斐性なしだよ。と本気で憤慨してしまった。

とはいえ、記録装置は絶対彼女のしこみだし、彼女の強かさも本物なんだよね。本気で惚れたのだろうけど、恋多き女でもありそう。どっちもどっち、というか、お似合いなのかも。再会してあっさりすれ違ってほしい。

ちなみに、アンナ=ルイーゼ・バッハシリーズだが、彼女は端役。警察に入る前、バイト時代のお話。

PRESS ENTER ■

没交渉の隣家から10分おきに電話がかかってくる。かけてくるのは本人ではなくプログラム。とりあえず家に来いといい、行ってみると、自分で頭を撃ち抜いた隣人を目にする。通報し、捜査が始まると、隣家など登録されておらず、隣人などいないという真実が明らかになってゆき、主人公には謎の70万ドルが振り込まれ…。

珍しいコンピュータ・ホラー。真のハッキングと、コンピュータ知性体の不気味さが描かれる。めっちゃ怖い。胃がキュッとなる。今後、見知らぬプログラムのエンターキーなんて怖くて押せないよ。

欧米人がAIの暴走を恐れてるのを見るにつけダサイと思っていたけど、暴走めっちゃ怖いわ。これに出てくるのは多分AIじゃなくて、攻殻機動隊の人形遣いみたいな、コンピュータ・ネットワーク上に発生した意識だけど、人間なんて簡単にどうとでもできる様子が怖い。コミュニケートできそうもない所が心底怖い。オチはほんわかしているのに全然笑えない。

それにしても、ポケモンビームのはるか前から、光で神経に影響を及ぼす発想をする所が凄い。

また、サブテーマとして差別がタイムリーで面白かった。差別の存在は肯定しつつ、いかに差別しないかという現実的な意識を持っている。差別に関してはブルー・シャンペンにも出てきて、「ニガーやかたわと言っていいのはニガーとかたわだけよ」等じつにまっとうなことを言っており、ジョン・ヴァーリイがまっとうな人で良かったと安堵した。

#読書感想 #読了 #ネタバレ #海外小説 #SF #ジョンヴァーリイ

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