『その昔、N市では』マリー・ルイーゼ・カシュニッツ(著)酒寄進一(訳)
不気味、ホラー、理不尽、嫌系などの短編集。知らずに読んだので、しょっぱなから、ん??となったが、ネガティブなだけでなく、詩的だったり微妙に美しかったりする奇妙な魅力があり、なんとも奇妙な読後感。酔ってるが気持ち良いのか悪いのかわからない、みたいな。
カシュニッツは戦後活躍したドイツの作家。半世紀以上前の作品だが、編者のチョイスのおかげか、今の作品と言われても気づかないかも、というレベル。不思議な話ばかりなのに、芯が普遍的なんだろうね。人間はそうそう変わらない、ということが楽しめる。
以下好きなやつ。
『精霊トゥンシュ』
山小屋の番人が地元民に教えられ、パン生地で喋る人形を作るお話。
それがなんで殺人事件になるのか。ラストの奇妙なつながりも気持ち悪くて良いが、パン生地で人形を作るという発想がなんとも普通じゃなくて怖い。
『六月半ばの真昼どき』
自分がバカンスで留守にしている間、見知らぬ人間が「私にはその権利がある」と言い、家に乗り込もうとするお話。
一見キチガイのお話だが、さにあらずなところが怖くて良い。正体を考えたり、じつは成り代わられた人がそこここにいるのではと考えだすとますます怖い。怪談として高レベル。
『その昔、N市では』
死体からホムンクルスを作成し、労働力として利用していたが、ある日それが塩を舐めてしまい…。
星新一的ショートショート。ホラーSF。平然と生活する住民たちが恐ろしい。
『四月』
デスクに戻ると花が置かれていた。同僚は支配人が置いていったという。日頃意地悪ばかりいうのに、実は気があったのね、と想像を膨らまし…。
主人公が愚かと言われればそうなんだが、これほど残酷な話もないよ。いじめとも言えないちょっとしたイタズラだが、終盤の展開とオチがえげつなさを物語ってる。
『いいですよ、わたしの天使』
老女があまってる部屋を下宿に出すお話。美しく若い女子学生を下宿人にえらび、甲斐甲斐しくお世話するが…。
これまたきついお話。これがトップバッターだったらこの本読むのやめてた。しかし慣れてくると面白く感じるのが不思議。
下宿人が天然のクズで、類が友を呼ぶところが不快でたまらないのだが、なにより怖いのが老女。タイトルどおりの対応をしてゆく様が不気味でたまらない。単に老女個人が怖いのではなく、老いがそうさせるのかも、と考えさせる所が怖い。他人事ではなくなる。
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