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2023年6月の記事一覧

『トムは真夜中の庭で』フィリパ・ピアス(著)高杉一郎(訳)

素晴らしいジュブナイルファンタジー。ラスト、めちゃくちゃジ~ンときた。テンプレ的冒険とか皆無で、ほのぼの遊んでいるだけだが、そういう、ささやかな幸福がいかに人生に必要かと気付かされる。 弟が麻疹にかかったため親戚の家に隔離されるトム。さらに、麻疹が感染ってるかもしれないからと、ずっと庭もないアパートから出られない最悪の夏休みに。ある晩、大時計と館の囁きにさそわれ外に出てみると、そこは広大な庭が広がっており、トムは探検を始める。そこは季節も時間も行くたびにバラバラで、ある日つ

『沈黙の声』トム・リーミイ(著)井辻朱美(訳)

傑作短編集『サンディエゴ・ライトフット・スー』に比べ、長編は完成度低い。デビュー作なのでしかたない。それだけに夭折が本当にもったいない。もっとテクニックが磨かれた長編が読みたかったなぁ、と心底思う。 とはいえ、長編独自の良さがあまりないだけで、風景描写、キャラクター、設定などは短編同様抜きん出てるので、普通に楽しめる。 ファンタジーとして読むより、YAガールミーツボーイものとして読む方が楽しめるかな。ちょいエロだし。 20世紀前半の長閑なアメリカ田舎町へ、見世物一座がやって

『ドレス』藤野可織(著)

ホラー寄りSF純文学短編集。よくわからないのもあるが、どれも、なんともいえない気持ち悪さと怖さがある。『マイ・ハート・イズ・ユアーズ』が一番好き。ただ『ピエタとトランジ 』みたいな傑作はないかな。 テキサス、オクラホマドローンの保養所で清掃の仕事をするお話。 ドローンの保養所ってなんだよと笑うが、ラストの理不尽、そして地の文は誰視点なのか、という意味不明な恐怖が襲ってくるんですけど…。 マイ・ハート・イズ・ユアーズ女が男を捕食して妊娠するお話。最初男はかなり小さいが、ど

『血を分けた子ども』オクテイヴィア・E.バトラー(著)藤井光(訳)

傑作ハードコアSF! サイエンス成分はほぼないが、これぞSF としか言えない。非日常で描かれる人間の醜さ、美しさがごっちゃになった、人間とはなんぞやという問に痺れる。 ベストSF 2022[海外篇]では5位だが、個人的には1位タイかな。この人、長編が本業らしいので、是非とも読まねばならない。が、短編でこの重さとなると、長編は結構な覚悟がいりそうなので、精神が好調なときに読もう。 以下好きなやつ。 血を分けた子どもとある家族のもとに、異形だが人語を話す何者かがあらわれ卵を

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離(著)

ゴリラ一人称の法廷劇小説。いきなり敗訴から始まるのでびっくりする。その後は生い立ちが語られ、敗訴後の時間軸に戻るのだが、新展開には度肝を抜かれた。正直、ラストよりびっくり。 裁判劇がメインだが、ゴリラでありながら中身はほぼ人間というローズが、アイデンティティを確立してゆく物語でもあり、そちらも読み応え抜群。手話で話すゴリラといえばココを思い出すが、ローズはそのはるか上をゆき、メンタルがほぼ人間なので違和感がなく読みやすい。反面、人間が理解できなさそうなゴリラ独自の思考や趣味