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群衆 ⑱

男は外にでて一旦解除した群衆をかき集めた。群衆化された人間は群衆化されたことに気付いていない。
男が寝ていたのは夜。よって群衆化された人間は男が寝ると当たり前のように家に帰った。彼らは先まで自分が何をしていたのか不思議に思うことはなかった。なぜなら自分の意志で動いたと思っていたからである。群衆化された人間の意志は群衆の意志に統合されそしてその統合された意思は男の意志と通じているため、彼らは操られているという認識が無かった。

男は興じていた。
敵が存在しないのである。群衆の能力を手にした当初、男は敵対勢力の出現を警戒していた。しかしそれは杞憂であった。敵であろうとも群衆に取り込んでしまえば味方となる。男は群衆であり、他人は男になる。

男は首相官邸に向かった。堂々と正面から敷地に入場し、官邸に入っていった。
官邸の中に何人かは残っていたものの男は有無を言わさず群衆化させた。
一人、また一人と。しかし彼らは何ともない顔をして男に操られる。常に無表情なのだ。それは男が感情を表に出さない人間であることも関係している。群衆は男と一心同体であった。従っていたって普段通りの歩き方をする。周りから見ればいたって外見は正常なのだ。唯一異なる点と言えば行先を自分で決めず群衆の、男の意向に沿って歩いているという点である。

男は部屋を探していた。内閣総理大臣の部屋だ。数分探し回りようやく見つけると扉を開けて中に入りおもむろに席に座った。手を組み、そこに額を当て、男は再び群衆に意識を向け始めた。群衆の範囲の端に意識を集中させた。
すると瞬く間に群衆化される範囲は広がっていった。東京の人間はこんな時でも活動を止めていなかった。必死に活動していた。
群衆は男の精神そのものであった。故に男は群衆の規模を把握できた。

男は群衆を拡大させながらあることを考えていた。「木を見て森を見ない」ということわざがある。では人の場合は?「人をみて群衆を見ない」ではないだろうか。しかし「木を見て森を見ない」人間の数と「人をみて群衆を見ない」人間の数は一致しない。皆周りをとかく気にするからだ。無論男もそうであった。
全体の流れというものを見てそれに乗じる人々、あえて逆らう人々。男は歴史を通してそういった人物を理解してきていた。その結果、群衆と男の親密性はより一層高まっていった。

数十分後。男は黙って群衆に集中していた。

その時である。
男は突然居心地の良さというものを感じた。
実際には群衆化を進める度に実に微量な快楽を感じてはいたのだが突然心地良さを感じたのは初めてのことであった。加えて自らの意識が半ば不安定になるのを感じた。少し意識が飛びそうになったのである。睡眠も十分にとっていたことから寝不足ではない。
男は訝しげに思ったが、気を取り直して群衆化を再開した。

そして1時間後。
男は東京都内の範囲を群衆によって掌握した。

男は日本の首都を事実上占拠したのだ。


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